目が覚めると、視界には真っ白な天井が広がっていた。ここはどこだろう。私は確か、仕事が終わって楽屋にいたはず。ああ、そうだ。久しぶりに太一から電話が来てーーー
「あっ、太一!」
脳内でパズルをはめるように記憶を手繰り寄せていると、どうやら病室と思わしきこの部屋の、私が寝ているベッドの枕元にいたロップモンが声をあげた。ハッと扉の方へ視線を送る。
どのくらい眠っていたのだろう、身体を起こしただけてクラリと視界がまわる。でも、そんな事はどうでも良い。ーーー目の前に、太一が、いるのだから。
「太一……、」
なぜだか、顔を見ただけで泣き出しそうになってしまう。
記憶がすこしずつ結ばれていく。そうだ、私は太一に、目が覚めたら言おうと決めた事があった。
「太一、あのね、」
言い始める前に、太一にぎゅうと抱きしめられ、言葉尻は彼の肩に吸い込まれる。太一はベッドの上に半分座るように腰掛け、強く私を抱いた。
太一の全てが好きだった。彼を想う人生は幸福に満ちていた。だから付き合えた事など夢のようだし、つまり夢なのならばいつ醒めても仕方ないと思っていた。
思えば、恋と憧れの区別もつかぬ初恋だった。だから自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。太一に焦がれるあまり、失った時の保険のような暗示を込めて。たくさんの言い訳を、自分に重ねて。
恐る恐る、太一の背中に手をまわす。久しぶりに感じる太一の香りに、熱に、目頭がツンとなって、堪えた涙が溢れ出す。好き。
大好きだ。やっぱり、ほんとうは、離れたくなんかない。
太一を幸せにするのは、他の誰でもなく、自分でありたい。
今さら気がつくなんて、もう、遅いだろうか。
「なまえ…よかった。本当に」
ぎゅっと抱きしめる耳元でそう言った太一の声は、震えていた。…もしかして、太一も泣いているのだろうか。
太一大丈夫?と覗き込もうとするアグモンに、ロップモンが「ボクたちはちょっとあっちに行っていよう」と、おおきな両耳でアグモンの背中をぐいぐいと押して部屋の外へ出て行った。
太一は身体を離すと、デジモン達が出て行った扉に視線を送り頬を掻いた後、私の手をギュッと握って言った。
「……ごめん。俺、ゴチャゴチャと考えちまって…だけどさ、俺……なまえのことが、」
自分を責めるように眉を寄せて嘆いた太一は、一度俯き、顔を上げた。
「ーーーすごく好きなんだ」
瞳が、まっすぐな輝きに満ちてる。迷いのない強い眼差しは、出会った頃の少年時代の彼を思わせた。
「……太一は、ずうっと格好良い」
私がそう言うと、太一は思いがけないといった様子で瞬きをした。そして、バツが悪そうに言った。
「それは……。カッコ悪いだろ、今の俺は」
「『ずうっと』、カッコイイってば」
「お前なァ。いっつも仕事でゲーノージン見てるくせしてよく言うよな」
「太一よりカッコイイ人なんていない」
本心だった。私が真っ直ぐに目を見てそう言えば、太一は照れるように視線を逸らした。
「……ばーか。ガキの頃ならまだわかるけど」
「…ここで眠っているとき、考えてたの。太一のカッコイイところって、リーダーシップだとか頭が切れるだとか、そういう華やかさだけじゃなくて。悩んだりもがいたり、きっと自分じゃもどかしく感じている所も全部ひっくるめてなんだって。それに」
彼の胸に、そっと手のひらを乗せて言う。
「”あの頃”の太一も、ここにいるじゃない」
いつだって今の太一が一番好きだ。
出会ってから、ずっとそう思ってきた。
だって今までの太一が、ぜんぶ彼の中に生きているのだから。
不器用な言葉で、彼にどれほど伝わったか分からない。その点も太一の方がいつもすごい。熱の籠った言葉で、人の心を動かす伝え方ができる。
太一は瞳を揺らし、しばらく考え込むように眉を寄せた。そして、改めて私に向き直って言った。
「……あのさ。俺の内定が決まって、卒業したら…一緒に暮らさないか?」
「ーーーえ?」
思いがけない言葉に、瞬きも忘れて思わず声を漏らすと、太一は慌ててすこし語尾をたかぶらせて言った。
「あっいや、内定どころかこの時期だってのに就活始められてないし、つーか卒論のテーマすらまだ提出できてないし、っそれに今なまえが住んでるマンションに比べてたらきっとショッボイ所しか借りられないけどさ、」
突然の切り出しにびっくりしてしまった私だったけれど、聞いている内に段々と話の内容が喉元を通って胸までおりてくる。じんわりと、実感が広がっていく。
「……けどさ。もうなまえとすれ違うのは嫌だよ。もっと話したい……一緒にいたいんだ」
「ーーーごめん。無理」
私はそう口では拒絶しながら、太一の胸に顔をうずめる。
「一緒に暮らすなんて……無理。夢みたいで……そんなの私、幸せすぎて死んじゃうとおもう」
一緒に暮らそうと言ってくれた表情は、今までで一番格好よくて。
ずっと見ていたかったけど、照れてる自分の顔は見られたくなくて。ぎゅっと抱きついて、一生忘れたくないこの瞬間の記憶ごと仕舞い込んだ。そんな私を太一は、素直じゃねぇのな、って呆れながら優しく頭を撫でた。
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