- ナノ -

 昏睡のような深い眠りの中にいた。すごく遠くで、太一とヤマトの声がする。私もそっちに行きたいのに、目覚め方を忘れてしまったみたいに、この世界の出口が見つからない。



夢をみていた。
いやもしかしたら、記憶の中にいるのかもしれない。

小学4年生の夏。
デジタルワールドでの大冒険を終えた私は、ロップモン達との思い出と、アイドルになりたいという夢、そして太一への恋心を胸に帰ってきた。
だけど太一とは小学校が違い、あんなに毎日一緒にいたのが信じられないくらい、ぱったりと会えなくなってしまった。

 いとこのヤマトに太一の連絡先を聞いて電話をする事にした。何か話したい事があるわけでもなかったけど、このまま会えないのは嫌だった。
 ヤマトに片想いの事なんて勿論言えはしないが、それを隠したとしてもめちゃくちゃ恥ずかしくて、決行までは随分悩んだ。
そして入手した、八神家の電話番号。掛けるときもまた、しぬほど緊張した。
太一のお母さんが出て、電話を代わってもらう瞬間のドキドキ感。初めて聞く、受話器越しの好きな人の声。勇気を出して良かった。はじめての恋は、まるで寝ても起きても夢の中にあるようだった。これが恋。戸惑いながら、でもすごくすてきだと思った。

 メールアドレスを交換して、パソコンでメールするようになって。太一のサッカークラブの試合に、時々応援へ行くようになって。
 私たちの関係にすこしだけ変化があったのは、あの頃。

 試合のあと太一と空と3人で話していたら、せっかくだし2人で帰ったらと空が言い、私たちは初めてリアルワールドで肩を並べて歩いた。
その幸せな帰り道で、太一が言ったのだ。
よく試合を観にきてるけど、なまえってそんなにサッカーが好きなんだな、って。

目の前が真っ暗になった私は、逃げるようにひとりで帰ってきてしまった。ショックだったけど、後から思えば太一にそんなのはわからないのも当然だ。

その後何日かして、太一がわざわざ家に来てくれた。どうして電話もメールも無視するのか。なぜそんなに怒っているのか自分にはさっぱりだと。私は、自分の気持ちをその時の精一杯で話した。
 小学5年生の太一には、後から思えば恐らく理解しきれていなかっただろうが、サッカーじゃなくて“俺を”みにきてくれてたってことか?と頬を染めて私の言葉を繰り返した。
私が頷くと太一は、サンキュ、と耳まで紅く染めた。
想いが伝わった、……そう、思っていたのに。


 時は流れて、3年後。
学年は違うが、念願の太一と同じ中学に入学ができた私。新しい選ばれし子どもである大輔の試合の応援に、太一やタケル達と行った時のこと。
 試合が終わってサッカー談義に花を咲かせる私と太一を見た大輔が「なまえさんて、サッカー詳しいんですね」と意外そうに瞳を丸くした。
それを聞いた太一が「そりゃあな」と言うから、私は思わずドキンと胸を高鳴らせて次の言葉を待った。
すると太一ときたら、「なまえは大のサッカーファンだもんな。ガキの頃から俺の試合なんか観にくるぐらい」なんて、言うじゃないか。
言葉を失うほど、信じられない気持ちだった。
えっ……。太一、忘れてる?
私がすきなのは、サッカーじゃなくて……。
おまけに、「そんなに好きならさ、プロの試合とか観に行ったら良いんじゃないか?」なんて言うものだから、私はまた頭にきて、その日は一日中拗ねていた。タケルが、頭を抱えていたっけ。


 後日、その事を光子郎に愚痴れば、彼は「太一さんって、そういう所ありますよね」と苦々しく笑ったあと、こう言ったのだ。「太一さんには多分、はっきり言わなきゃわからないですよ」、と。
その言葉は、こんがらがった糸が静かにほどけていく様のように、素直に腑に落ちた。
確かに小学生の時、太一の事が好きで応援に行ってると言ったわけじゃないのだ。サッカーが好きなんじゃなくて、太一をみたくて。確か、そんなふうに、どうにかやっと遠回しに伝えた気がする。

 付き合いたいだとか、太一とどうなりたいだとか、ほんとうに思っていないはずだった。
サッカーの応援だって、見返りを求めての事じゃない。太一がすきで、太一がすきなことをしている所をみるのがすきだった。

だけど光子郎と話して、こうして一人で腹を立てる位なら気持ちを伝えるべきと思った。
それができないなら、いやな気持ちを太一にぶつけるべきじゃない。

 それと同時に、前にヤマトに『付き合っているのか』と言われた太一が否定した時にショックを受けたのだって、今回のことだって、心のどこかで”気付いてほしい”と願っているのだとハッとした。
結ばれなくてもいい。告げようと思った。
 太一に告白する。私がそう言うと、光子郎は自分で提案したくせに、なぜだか私以上に顔を紅くして慌てていた。
 振り返れば、光子郎って私の恩人なのだ。本人曰く相談に乗っているわけでなく客観的な意見を述べているだけとの事だけど、素直じゃない私にとってはそういうのが心地良い。



ーーー思えば、太一って結構こんな調子なところがある。
洞察力があるくせして、変に相手の気持ちが汲み取れない時があったりとか。真っ直ぐになりすぎて、まわりが見えなくなったりとか。自分を責めたり、自信をなくしたりとか……。
 多分だけど、最近の太一も、そうだ。


ーーーそういうところが、かっこいいのにな。


太一のかっこいいところを挙げたらきりがない。天性のリーダーシップやカリスマ性、スポーツ万能なところ。
だけど、へこんだり、それを乗り越えたり、そういう泥くさいところも周りに勇気を与えてる。そして、乗り越えた後の太一は、強い。
 きっと、太一は気づいていないんだ。
私は知ってる。だって、ずっと見ていたから。


ーーーこの夢から醒めたら、どうかそれだけは言おう。
もう太一が私の事を好きじゃなくても。恋人として、一緒にいられなくても。
そうだ。太一さんって言わなきゃわからないんだって、光子郎も言っていた。



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