光子郎のオフィスに突然現れたメノアという女と、その助手だという男。次々と消える選ばれし子ども達。デジモンとのパートナー関係の解消。
俺は臨機応変は得意な方だし、トンデモナイ状況なら何度も体験してきたけど、今回ばかりはハイそうですかと受け入れられる事じゃない。
しかし横にいる光子郎は、今後の想定まで述べている。きっと脳内ではものすごい速度で情報が処理されているんだろう。
“次々と消える選ばれし子ども達” ーーーハッ、として、考えるよりも先にスマホを出し、電話をかける。出ろ出ろ出ろ。小さく呟くと、焦りが余計膨らむ。何度コールしても繋がらない。どうしよう、まさか……。
「太一、どうしたんだ」
「選ばし子ども達が意識不明になってるって……さっきからなまえに電話かけてるんだけど、くそッ、繋がらねぇ」
まさか、なまえの身に何かあったのか。不安で目の前が真っ暗になる。なまえ。なまえ。どうしよう、なまえがどうにかなっちまっていたら?
落ち着け。他に、連絡をとる手段は……
「え?なまえお姉ちゃん今、生放送中だよね?」
タケルの声に、ハッと顔を上げる。
だよなあ、とヤマトも頷く。
「太一さん、聞いてないの?でもお姉ちゃん、きのうSNSにも載せてたよ」
慣れた手つきで素早くスマホを操作して、「ホラ」と見せた画面には、『出演情報』として翌日の放送スケジュールがご丁寧に時刻や公式URLまで貼られている。
なまえはメディアに出始めの頃から、ほとんど毎日何かしらに出演しているような今現在まで、欠かす事なく出演情報を投稿している。
絵文字のひとつもない業務連絡のような文章は、サービス精神があるのだか無いのだか分からないが、真面目な彼女らしい。
光子郎がパソコンの別窓でテレビ局のアプリを開くと、ニュース番組のゲスト席で何かを話すなまえの姿が、そこには確かにあった。
「特に問題は無いようですね」
光子郎もすこし安心したように小さく息を吐いた。
ホッとしたのは俺も同じ。だけど、直後にいたたまれなくなる。
…知らなかった。今日、生放送の仕事だったのか…。
昔は俺だって楽しみに観ていた。ひとつも欠かさずに。メールも毎日してたから、出演情報なんかわざわざ調べなくても知っていたし。
なるべくリアルタイムで観ようと、バイトをずらした事もあった。
いつからだ、観なくなったのは。…観れなく、なってしまったのは。
「あ……ああ、そうだな。生放送…うん、そうだったよな」
誤魔化しながら視線を泳がせた俺に、ヤマトが「太一、お前…」と、何か言いかけて、やめた。
ヤマトと飲みに行ってなまえとの事を聞かれた時も、曖昧にしか応える事ができなかった。きっと思う所はあっただろうが、何も言わないでいてくれた。
コイツは、昔からそうだ。察したとしても、どこまで踏み込むべきかじっと考えるところがある。
ガキの頃はそれが理解できなかった。言葉にしなきゃわからないだろ、って。それでぶつかった事は数知れない。
でも、それに今は救われる。
開かれたままになったスマホのトークアプリのなまえとのルームには、さっき俺がかけた何度かの発信履歴の前には、もうずっとやりとりが無い。
タケル達から隠すみたいに、ズボンのポケットにスマホを仕舞った。
◯
「太一ぃ、なまえ達は大丈夫なのかな」
光子郎のオフィスを後にし、アグモンと二人で歩いていると、名前が出たタイミングで丁度良く彼女から電話が鳴った。
『応答』をタップする時、一瞬躊躇したが、そうも言っていられないので電話に出る。
「もしもし、なまえ…」
『太一、どうしたの?』
緊張して出た割に、スマホから聞こえる彼女の声はまるで毎日話しているみたいにいつも通りで、胸がじんわりあたたかくなる。
『電話に出られなくてごめんね。仕事で』
「いや、いいんだ。こっちこそゴメンな」
電話口で掻い摘んで状況を話すとなまえは驚きながらも、いま自分に出来る事はあるのか、これから俺たちはどう動くのかをすぐさま聞いてきた。光子郎といい、よくもまぁすぐに状況飲み込めるよな。
「何か分かったらまた連絡するよ。とにかくなまえは、身の回りに注意しろよ。どうやら次々と意識不明になっているらしいんだ、選ばし子ども達が」
「うん、わかった。太一も気をつけてね」
「ああ。……ええと…それじゃ…な」
「うん……。ねぇ、太一」
「何?」
「……ううん…何でもない」
「……そうか。忙しそうだけど、無理するなよ」
「それは、太一の方が……」
「俺?俺なんか忙しいワケないだろ、オマエに比べりゃさ………じゃ、切るからな。とにかく、気をつけろよ」
気まずい沈黙に耐えかねて、じゃあなと一方的に通話を終える。フゥと息を吐き出したが、身体は軽くなるどころか鉛のように重たく沈む。
なまえをさけるようになってしまった原因が何か明確にあるわけじゃない。
ただ、いつも会おうと誘うのは俺で。彼女のスケジュールに、俺が合わせて会って。
いや、そりゃそうなんだけど。アイツは仕事で忙しくて、俺はしがない大学生。講義もバイトも、やろうと思えばいくらでも調整できる。
彼女のハードスケジュールの隙間で、なまえの一人暮らしのめちゃくちゃセキュリティのしっかりした広くて綺麗なマンションで会った後、自分の部屋に戻ると否が応でも比べてしまう。
進路の事で行き詰まっている事もあってか、“会ってもらってる”みたいに思えてきて。自虐的な思考はむくむく膨らみ続けた。
いつ会う?って聞いても、どうせ俺が合わせるんだ。じゃあ俺から連絡しなくても。そんなふうに自分に言い訳してこっちから連絡しないでいたら、向こうから誘われる事は無くて……そして、今日に至るというわけだった。
…そりゃ、そうだよな。忙しくて俺どころじゃないんだろ。それに芸能界には俺なんかよりもっと良い男なんかいくらでもいる。比べるまでもないくらい。
アイツの事、嫌になったわけじゃない。
ただ自分の現状を思うとどうしてもなまえと比べてしまう。
好きな女の子の事をそんなふうに思う自分は、自分でも嫌で。かっこ悪くて。卑屈になって、どこまでも堕ちていく。
会いたいけど。
今の俺なんかじゃ、きっと会ったって仕方ないだろ。アイツはどんどん輝いていくのに、俺ときたら……こんなんじゃ、ガキの頃の方がよっぽどカッコよかったよな。
あの頃は、なんでもできる気がしてた。実際、そうだったと思う。
なぁなまえ。もう、オマエが好きだった俺は、もう、いないんじゃないのか。
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