- ナノ -

 二人で僕の部屋に戻ったら、猛烈な嫌悪感に襲われた。
兄姉の言動は確かにデリカシーに欠けるけど、冗談だと分かってる。
せっかく来てくれたなまえに嫌な思いをさせた事が苦しい。そう思ったら、僕はもっと違うやり方があったんじゃないのかな。

「……ジェン」

何も言えずにいる僕を、なまえが覗き込む。顔を上げると、心配そうに眉を寄せる彼女がいた。罪悪感で、胸が軋む。

「ごめん…キミとの事を揶揄われるのが、すごく嫌だった」
「…うん」
「でも、あんな風に言う事無かったな、って…せっかく母さんが夕食に誘ってくれたのに、僕のせいで台無しだ…嫌な気持ちにさせてしまってごめん」

僕の言葉を、なまえはしずかに聞いてくれて。そして、柔らかな口調で言った。

「私はなんにも嫌じゃないよ」
「…え?」
「だって、私のこととか、私たちのこと、大事におもって、おこってくれたんでしょ」
「そうだけど、でも…兄や姉も、失礼な事言ってたじゃない」
「…ねぇ、私たち、そんなにコイビトに見えるのかな」
「……えっ!?」

予期せぬ彼女の言葉に、思わず体が強張る。その上、「ジェンはそれが嫌だった?」だなんて、訊くじゃないか。
……嫌な訳、無いじゃないか。
そんな風になれたら、夢みたいだと思う。こんなに可愛くて、一緒にいて楽しくて…、キミといる時の自分を好きでいられる。そんな女の子は、この世界でキミしかいないだろう。
多分僕はこれから先も、キミ以上に誰かを好きになる事は無いだろうって。子どもの戯言と言われるだろうけど、僕は本気で、そう思っている。

だけどキミに想うこんな幸せを、今、どう言葉にすれば良いんだろう。

曖昧な表現が元々得意ではない僕は、ましてやこの、自分自身扱いに難儀している感情を、どんな言葉にすれば良いか分からなくて…時間ばかり過ぎていき、次第に申し訳無くなる。
そんな僕を見てなまえは、怒るわけでも呆れるわけでもなく、小さく笑って言った。


「ジェンの、適当じゃないところが好き」
「……えっ?」
「ちゃんと考えて話してくれるところが、好き」

思ってもみなかった彼女の言葉に、僕はただ「えっ」とか「ちょっと」なんて言うばかりが精一杯で。言葉がぜんぜん出ない代わりに、顔はどんどん熱くなる。

「他に、ジェンの好きなところはね…、」
「ちょ、ちょっとなまえ、もういいから…」

好き、だなんて。好きな女の子にこれ以上言われたら、ドキドキしてどうにかなりそうだった僕は、あわててなまえを制止した。ただでさえ、全身が心臓になったみたいに脈打っているのに。
なまえは「まだあるのに」なんて、残念そうにしてる。

「なまえ、何?どうしたのさ、急に…そんな事言うだなんて…」
さっきかっこ悪い所を見せたから、フォローしてくれているんだろうか。
しかしなまえは真っ直ぐに僕を見て、キラキラと言った。


「一緒に過ごす度、ジェンの素敵な所を見つけるの。私がそんなだから…家族の皆んなも勘違いしたんじゃないのかな。だから、私が悪いんだよ」
「…それ、本気で言ってる?」
「ひどい。嘘だと思うの?」
「そうじゃなくて!…だってそんなの、あまりに…」

ーーー僕にとって、都合が良すぎるじゃないか。だってこれじゃまるで、なまえも僕の事を……。


その先の言葉を選ぶ僕を、なまえはまた優しい眼差しで見つめた。視線が絡む。すきなのは、僕の方なのに。こんなに、すきなのに。どんな言葉で伝えたら、キミがしてくれたように僕もキミを嬉しくさせられるんだろう。

 気持ちが溢れて思わず、なまえの白い頬に触れた。はじめての事なのにキミはそれを、ずっと前からそうしてきたかのように受け入れて、ゆっくりと瞳を閉じた。

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