恋をして自分がこんなふうに変わってしまうだなんて、思ってもみなかった。
小学五年生の僕は決して経験豊富な訳はないけれど、初恋だってとっくに済ませた気でいたし、年の離れた兄姉からそういう話を聞かないわけじゃない。だけど、知識で知っているのと、自分の身に起きるのが、こんなにも違うだなんて。
ひとつ。寝ても覚めても、考えるのは彼女の事ばかりだ。
ひとつ。二人での会話を思い出しては、嬉しくなったり、照れ臭くなったり、それを何度も繰り返してしまう。
ひとつ。日常のどんな事にも、彼女を連想してしまう。
ーーーああ…、まただ。
趙先生の教室からの帰り道。雑貨屋や服屋の並ぶ専門店街を通り抜けていたら、視界の端で見つけた。綺麗なレースで出来た黒いリボン。瞬間、なまえの顔が浮かんだ。
思わず足を止めて、考えるよりも先にそのアクセサリーショップに歩み寄った。
「ジェン、それ可愛いね。小春にあげるの?」
腕の中でぬいぐるみのフリをしていたテリアモンの問いかけに、曖昧に返事をしてリボンを手に取る。美しいレースが、さらさらと指先をくすぐった。なまえにきっと似合うはずだ。着けている姿を想像しただけで、すごく可愛くて、胸がどきどきと高鳴った。
レジのお姉さんがにこにこと、プレゼントですかと聞いてきて、そこでやっと冷静になった。
一体何のプレゼントだっていうんだろう。誕生日でも、クリスマスでもない。ましてや僕らは、恋人同士なわけじゃない。
こんな、勢いでレジまで来てしまったけど…はたして喜んでくれるだろうか……女の子の趣味なんて分からないし、迷惑になったらどうする?
固まってしまった僕を、店員さんが不思議そうに見ている。腕の中のテリアモンが、小さく揺れた気もする。…ここまで来てやっぱりやめますなんて、それこそお店の迷惑だ。
「す、すみません…プレゼントです」
言いながら、顔に熱が集まるのを感じる。
「かしこまりました。ラッピングのお色を選べますが、どれになさいますか?」
「えっ?え、えっと…」
「ピンクかブルーがございますが」
「じゃあ、ええと…ピンクで」
恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。しかもピンクのリボンなんて…いや、ブルーだろうとこの羞恥心は消えないのだけれど。
店員さんにどう思われるだろう。どうか知り合いに見られませんように…。内心祈るように待ち、可愛らしいラッピングに包まれた商品を渡される時、案の定店員さんは「喜んでもらえるといいね」と、意味ありげに微笑んだ。
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