- ナノ -

 彼女との碁は楽しいひとときだった。2局打ったところで二人で店を出たが、簡単な指導碁だって、なまえちゃんの為なら何十局でも打てそうだった。


「アキラくん、今日は本当にありがとう」


電車を降りてボク達の最寄駅を出た所で、なまえちゃんは改めてそう言った。乗車した頃にはまだ空が明るかった気がするが、もう陽が暮れかけている。夜が早い。冬が近付いているのだ。

「ううん、こちらこそありがとう。今日のは、キミがくれたお花のお礼だから」
「アキラくんはさ、やっぱり囲碁打ってる時すごく格好良いよね」
不意に言われ、心臓がドキリとはしゃいだ。
「……え?」
「あ、いや、いつものアキラくんも格好良いよ?”特別に一番”って意味だよ。目つきとかさ、別人みたいに大人っぽくなるよね」
「……そうかな。自分じゃ、分からないけど」
「囲碁打ってる時のアキラくん、私だいすきだなぁ。……あ、いつものアキラくんも、もちろん好きだよ?」


キミはまるで「秋は日が暮れるのが早いよね」「秋って大好きだなぁ、春も好きだけど」なんていうのと同じ調子で、ごく自然にそう言った。そんなひと言ひと言にボクがどれだけ舞い上がっているのか、知りもしないだろう。
いつか分からせてやりたいと、ずっと思ってた。
そして今日がその時なのだ。


「ボクも、キミが好きだよ」


ずっと好きだったけれど、キミに伝えるのは初めてだった。今日言おうと決めてた。キミはどんな顔をするだろう。心音が、大きく胸を打つ。

「アキラくん……ありがと。ふふ、なんか照れるね」

キミはそう言ってへらりと笑うだけだった。
友だちとしての「好き」だと思われてるんだろう。しかしそのくらいは予想がついていたボクは彼女の腕を引き寄せて、身体ごとギュッと抱きしめる。えっ、と、腕の中で籠った声が響く。


「幼馴染としてじゃないんだ。女の子として、キミが好きなんだ。ボクの恋人になってくれないか」


今度は、流石のキミでも勘違いのしようの無い言葉を連ねて言った。

……びっくりしているかな。困らせているだろうか。
どんな顔をしているのか見たくなって、腕の中に収まっているなまえちゃんの表情をそっと覗き込む。
 するとそこに、耳まで真っ赤にしてボクを見つめる彼女がいた。子どもの頃からずっと一緒にいたけど、こんな顔は初めて見た。可愛い、って、思わず声に漏れていたかもしれない。


「……嫌かい?」
何も言わない彼女に痺れを切らして問う。
相手の長考の間に次の手を考えられるような余裕は、今のボクには無い。何故って、なまえちゃんを初めて抱きしめているボクの方だって正直いっぱいいっぱいだから。
 彼女がぶんぶんと首を横に振って、ボクはすこしほっとする。嫌では、ないようだ。

「嫌なわけないけど……急なことで、頭がついていかなくて……」
「幼馴染としてしか、見ていなかった?」
「う、うん」
「恋人としては、考えられない?」
「……うん、今はまだ…ごめんなさい」

それはどれも想定していた事だったから、彼女が言うよりも先に聞いた。そして用意していた中から、この状況に応じてひとつ選び次の言葉も口にする。

「これから考えてくれれば良いから」

告白を断られたというのに怯むことなくそう言ったボクに、なまえちゃんはさっきまでの申し訳なさそうな表情を緩めた。

「……これから?」
「うん。これから」

じゃあ、帰ろうか。なまえちゃんの手を握って言った。こんなふうに手を繋いで歩くのは、子どもの頃以来かもしれない。繋いだ理由は、あの頃とは違うけれど。

「アキラくん、平気なの?」
「何が」
「何が、じゃないよ。その…アキラくんがせっかく言ってくれたのに、私、その気持ちに答えられなかったのに……」
「男として見てもらえてない事は、まぁ、そうだろうとは思ってた」
「そ、そういうわけじゃ……」
「友だちっていうか、弟みたいに思ってくれていたんでしょう。それなのに、ボクの話の方が急だったから、受け止め切れなくて無理も無いよ。だからキミがどう出るか、いくつか予想はしていたし……」
「囲碁みたいに言うのね」

そう言ってなまえちゃんは、小さく笑った。そうだろうか?

「だから、これから考えてよ」
「う、うん」
「なまえちゃん、好きだよ」

もう一度、キミに確かめるように口にする。彼女の白い頬がふわっと染まる。ボクは腑抜けた顔を見られまいと自分の口元を覆った。照れてるキミってすごく可愛くて、これは癖になりそうだった。




はじめての君を知る
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