- ナノ -


 アキラくんが指定したその場所は、大きな駅を出てすぐのビルの中にある碁会所だった。アキラくんのお父さんが経営するお店だという。すごいな、囲碁のプロって、碁のお店までしちゃうんだ。
塔矢家とは昔からの仲だけど、お店へ行った事は無かった。本当はアキラくんと一緒にここまで来れたら心強かったけれど、彼は先に中で待っているらしく現地集合になった。

 ここかな。アキラくんが書いてくれたメモと看板を何度も見比べて、どきどきしながらお店の中へ入る。
 いらっしゃい、と受付にいた綺麗なお姉さんが声をかけてくれた。一人で来たの?と聞かれ、なんと答えたら良いのか躊躇していると、奥からアキラくんが現れた。

「市河さん。彼女はボクと待ち合わせなんだ。お金は後でボクが払うから」
笑顔で迎えてくれたアキラくんに、周囲の席で囲碁を打っていた男性客達が色めき立った。

「若先生、ついに彼女を連れて来たのかい?」

隅に置けないねえ、なんて冷やかすおじさん達に、彼は笑って私の手を引いた。えっ……アキラくん、ちゃんと否定しなくて大丈夫なの?

「あ、あ、アキラくん、その子って・・・彼女って・・・」

声がして振り返ると、受付のお姉さんが真っ青な顔で酷く動揺している。私は思わず彼女にだけ、ただの幼馴染です、とやっと返した。


 広い店内の一角、沢山ある座席の中からアキラくんは迷わずひとつのテーブルを目指して、ここにしようかと言った。アキラくんはいつもこの席で打っているのかな。
お店のお客さん達は大人ばかりで、私たちのような子どもは他に見当たらない。私はそれだけで緊張してしまうけど、アキラくんは堂々としていた。
この前の、彼の自宅でだってそうだ。芦原さんとか、緒方さんとか……アキラくんっていつもあんな貫禄ある大人の中で生活しているんだ。
 すごいなぁ。
純粋にそう思う。
才能だけじゃない。環境だけじゃない。だってこんな世界に生まれた時から居たのではプレッシャーに押しつぶされる子だっている。彼は努力してこの居場所を自分で築いてきたんだろう。

何だか私は、アキラくんに友だちがいるのかなんてお節介を焼こうとした自分が恥ずかしくなってきた。
学校に親友がいなければ孤独か。違うのだ。学校生活だけが人生じゃない…….そんなの、当たり前の事なのに。
その人の世界はこちらから見えているものが全てじゃない。自分の物差しで測れるものじゃないのだ。

「…なまえちゃん、どうかした?なんだか嬉しそうだけど」
「アキラくんって、すごいなぁって」
「え、碁のこと?まだ、打ち始めてもいないじゃない」
「私、今日ここに来させてもらって良かった」
「……だからまだ、打ち始めてもいないのに?」

アキラくんは訳がわからないといった様子だったけど、私が笑ったら、彼もまた笑った。





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