ボクは慌てて二人の間に入った。決死の覚悟で割って入ったのに、緒方さんは二、三度瞬きをして、アキラくんじゃないか、と言っただけだった。
「こちらの緒方さんも、アキラくんの兄弟子さんなのでしょう。今ね、私にアルバイトをしないかって声かけてくれて」
「アルバイト…?」
「棋院の売店のアルバイトさ。土日どっちかで良いんだ、誰か良い人はいないかって棋院の人に言われていたんだよ。しかし、彼女がまだ中学生だったとは…」
ごめんなさいお役に立てなくて、となまえちゃんはボクの後ろから申し訳なさそうに言って眉を寄せた。
「聞けば、彼女は塔矢家と家族ぐるみの付き合いだそうじゃないか。なら棋院に紹介しても信頼できるだろうし、それに真面目そうな子だし」
「だからって、そんな勝手に…」
「勝手に?この子に声を掛けるのに、いちいちアキラくんの許可がいるのか?話が進むようなら勿論、塔矢先生には確認してとは思ったが。アキラくんは幼馴染なんだろ、ただの」
何気なく言ったであろう緒方さんの言葉に、胸がカッと熱くなる。
そんなボクの気も知らないで、なまえちゃんは「もし私が高校生になってもご縁があったら声をかけてください」なんて言っている。
「なまえちゃん!ダメだよっ、キミは高校でも華道部に入るんだろう!」
「そのつもりだけど…華道部の活動日ってそこまで多くないと思うし、棋院のアルバイトは土日のどちらかだけだそうだから」
「だからって…ダメだよ、棋院って男の人ばかり来るんだぞ!そんな所でアルバイトだなんて!」
熱くなるボクの様子を見て、緒方さんはクックッと喉を鳴らして笑って言った。
「とんだナイトだな」
あからさまな子ども扱いにボクは眉を顰める。緒方さんは気にもせず続けた。
「棋院に来るのは男ばかり?だからこそだろ、アキラくん。どうせならこういうコの方が、客のジイさん達だって喜ぶだろ」
「もう、緒方さん!」
もしかして、ボクの事を怒らせようとして揶揄っているのかな。それとも、なまえちゃんが本当に綺麗だからだろうか。どっちもだろうか。
どちらにしたって、良い気分じゃなかった。行こう、と言ってなまえちゃんの手を取る。
緒方さんはやっぱり、面白そうに笑ってる。まったくもう。
「アキラくん…あの人、アキラくんのことちょっとからかっているだけかも。そんなに怒らないで」
「べつに、おこってない」
彼女の手を引きながら振り向きもせずそう返すと、「やっぱり怒ってる」となまえちゃんは困ったように笑った。なんだよもう、皆して。
「ねぇ、それに、棋院のアルバイトなんてありがたいよ。私、高校生になったらホントにやろうかな」
胸騒ぎがする。
なまえちゃんとはずっと一緒だったから、これからもきっとそうだろう。ーーーそう思ってた。焦る事じゃないのだと。ボクが人として、棋士として、成長してから彼女との事を考えたって遅くは無いはずだと。誰より好きだから、何年経っても変わらないと。
ボクは、そうだとして。
彼女は、どうだろうか?
待っていてくれる保証などどこにあるだろう。
「ーーー指導碁の日にちだけど。いつにしようか?」
立ち止まって、振り返り、そう彼女に聞いた。考えるよりも先に、そう聞いていた。