そんな私を見たアキラくんは慌ててハンカチを取り出し、私の頬をそっと撫でた。
「なまえ?大丈夫?」
「・・・なんか、ほっとしちゃって。だって私、フラれたのかと思っていたし」
「・・・ごめんね、紛らわしい言い方をして・・・でもまさかそんな風に思わせていただなんて、ボクは思いもしなくて。でも、さっきのなまえの言葉・・・『一緒に生きていきたい』なんて、嬉しかったよ」
思い出すと急に恥ずかしくなって、顔にぼっと熱が集まる。そんな私を見て、アキラくんは自分の手のひらをぎゅっと握りしめた。アイロンの糊の効いた、綺麗なハンカチが、彼の手の中でくしゃりと潰れる。
その強い仕草とは相反して、アキラくんの瞳は深い優しさで煌めいている。もうずっと一緒にいるのに、はじめて恋に落ちたみたいな瞳の熱で、私を見つめている。
彼の全てに、いつも、まるで宝物を大切するすべを探す途中のような不器用な一途さが溢れているのだ。
「ーーーボクも、同じ気持ちだよ。・・・本当はちゃんとプロポーズができたら良かったのだけど。子どもで、ごめんね」
「ううん、そんな風に思ってくれた事がすごく嬉しいよ。でも・・・そうだね、私達はまだ大人じゃないから」
「年齢の事もそうだけど・・・いま言うのはあまりに無責任だから。結婚ってきっと自分の為だけにしたんじゃ、相手を幸せになんかできないと思うから」
そんなふうに言うアキラくんは、先程までとは打って変わって随分と大人に思えた。
アキラくんの中には共存している。彼は大人びているのに、子どものようであるし、すごく強いのに、危うくもある。
変わっていく途中なのだろうか。私も、アキラくんも。
そんな彼をこれからもずっと、隣で見ていられるのだとしたら、これ程の幸せは無いと、強く思った。
「いつか・・・焦りや独占欲なんかじゃなくて、本当の意味で誓えるようになるから。キミにお似合いの男の人になるから。待っていて」
彼はこのお話の終わりに、独り言のように呟いた。
どこかの家の風鈴が、初夏の夕風にそよいでチリンチリンと鳴った。
誓いの鐘にしてはずいぶんと心許ないが、今の私たちらしい背伸びない音色に思えて、心地よさに目を細めた。
アキラくんも笑ったから、きっと同じ鐘が聞こえたのだろう。