- ナノ -




「アキラくん、これお土産。一緒に食べよう」



彼のお部屋に入ってすぐ、持ってきた紙袋を手渡した。こういうのはまず親御さんに渡すのだけど、今日はお父さんにもお母さんにも会わない内にお部屋に着いてしまったから。

「ありがとう。これは・・・ああ、あそこの美味しい和菓子屋さんのだね」
「うん、ご両親の分もあるよ」
「そう・・・せっかくなのだけれど、父の出張に母も同行しているんだ。ごめんね、事前に言えば良かった」

ーーーという事は、この広いお家に今、私とアキラくんの二人きりという事。どーしよ、急にドキドキしてきた。
幼馴染の私達は、今までにも二人きりという事はあったかもしれない。でも”恋人同士”になってからは、たしか初めてだよね。

「・・・どうしたの?」
明らかに動揺してしまった私に、彼は美しい瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「なまえはこの大福をそんなにうちの両親に食べてほしかったの?」
私が何も言えずにいると、アキラくんは綺麗な顔で呑気にそんな事を言い、クスクスと笑っている。ああ、もう、そういう事にしていて良いよ。
 アキラくんはきっと、今日は家で過ごそうよって誘ってくれた事に何のやましさも下心も無いんだろうな。私ばっかり気にして、おかしいのかな。だって好きな男の子と二人っきりなんて、こっちは否が応でも意識しちゃうのに。

「でも残念、二人は今日帰らないんだ。だからちょっと贅沢して、ボクら二人で全部食べてしまおうよ」

待ってて、お茶を淹れてくるから。ニッコリと微笑んで、アキラくんは部屋を出て行った。お母さんも居ないのだし、私が淹れるよと言ってあげた方が良かったかなぁ。
 取り残された私は、ほうっと部屋を見渡した。好きな人が暮らしてるって思うと、この空間に居るだけで幸せな気持ちになってしまう私は結構重症なのだろうか。
 整ったこの和室は、陽当たりと風通しのどちらも叶う方角に足付きの碁盤が鎮座している。神霊でもそこにしずまりいるような趣きで。
彼の日々の中心に碁があるのだと、たったこれだけで知ることができる。
すきだな。
道をまっすぐ進むアキラくんがすきだ。
アキラくんとのお付き合いを始めてからというもの。彼の事は昔から好きだし、尊敬していたけれど、このところ私は熱に浮かされたように他を忘れてアキラくんの事ばかりになっている。
私がこんなに夢中でいるのに、アキラくんが時折心配そうでいるのが、不思議でならない。

「なまえ、お待たせ。ーーーって、どうしたの?何か面白い物でもあった?」
「え?」
「だってすごく嬉しそうな顔をしているから」
どうぞ、とローテーブルに湯呑みを置きながら、彼もまた嬉しそうに言う。
「アキラくんと一緒に居られるのが嬉しい」
素直にそう言えば、隣に腰を下ろした彼は面食らったように停止する。一拍間が空いて、「ボクもだよ」とはにかんで言った。

「ふふ。アキラくん、顔が紅いですよ」
「し、仕方ないじゃないか」
「そうなの?」
「そうだよ。なまえが可愛いからだよ」
「何、それ」
「すごく可愛い顔ですごく可愛い事を言うんだもの」

もう、何よそれ。そう返して、私は照れ隠しに大福の包みを開ける。お手玉サイズのかわいらしい球体にたっぷりと雪のような粉があしらわれている。おいしそう、と言った声が、アキラくんと重なった。顔を見合わせて微笑む。

「いただきます」

はむ、と大福を頬張ると、口いっぱいに優しい甘さが広がる。おいしいね、と言い合おうとアキラくんを見るも、彼は食べる気配なくただ、にこにこと私を見てる。

「どうしたの、一緒に食べようよ」
「食べ物たべてるキミを見るのが好きなんだ。幸せそうで、かわいくって」
・・・そんな事、改めて言われると照れてしまう。しかもそんなに、優しい顔で。
 もう、と言いながらもぐもぐと咀嚼していると、アキラくんは何かに気付いて、私の頬に触れた。

「なまえ、ここに粉が付いてる・・・」

至近距離で目が合うと、アキラくんの指先が止まった。彼の真っ直ぐな瞳が揺れる。
綺麗な顔がグイと近づいてーーーそのまま、私の唇に自分の唇を押し付けた。


「・・・ごめん」
少し掠れた声でアキラくんが言う。
「キミの事を大切に想ってるのに・・・、したくなっちゃった」

そう言って焦がれた目をした。一層求めるように眉を寄せて。
 そこは、大切に想ってる”のに”じゃなくて、”から”で良いのではと思うけど、それと触れ合う事がまだ結び付いていないのが、真面目なアキラくんらしいとも思った。
そして大福を食べている彼女に欲情するとは、私に負けず劣らずアキラくんも重症だ。

愛しさが胸に詰まって、ぎゅっと彼に抱きつく。驚いたのかアキラくんはピクリと身体を揺らした。ややしばらくして、戸惑いながらも抱き締め返すように彼も私の背中に手を回してくれる。
アキラくんの身体は華奢に見えて、抱き締めると案外厚みがある。耳を寄せた胸板から、少し速い心臓の鼓動が聴こえる。暖かな香りが鼻腔をくすぐる。すき。五感で彼を感じる。アキラくんの全てがすきだ。


「・・・だいすき」


そう言って彼の胸に顔をうずめ、抱き締める腕にもぎゅっと力を込めた。すると、ーーーアキラくんは私の両肩を掴んで、ガバッと身体を引き離した。・・・ええっ!?幸せな良い雰囲気だったのに・・・。
 困惑して彼を見ると、随分と真っ赤な顔で目線を泳がせている。


「ーーーすまない」

アキラくんが、そう言ってスッと立ち上がった。

「・・・アキラくん?」

「ちょっと、お水を、飲んでくる」


ーーーぎこちなく言って部屋を後にした。
えっと。お茶ならここにあるのに?
私は取り残された部屋でひとり、ぽかんと扉を見つめて、そして段々と可笑しくなってきた。
彼が戻ってきたら何と言って冷やかそう。今夜は帰りたくないって我儘を言ってみるのはどうかな。それか、素知らぬ顔で大福をもうひとつ食べてようかしら。
アキラくんはどんな顔して戻ってくるかな。でも、負けじと私の頬も、熱いままである。




こんなに夢中でいるのに
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