「アキラくん。出張、おつかれさま」
アキラくんがどうしてだか何も言わないものだから、私がそう切り出すと、彼はハタと思い出したように、手に持っていた紙袋を差し出した。
「これ、お土産」
「わぁ、ありがとう。棋院のみなさんに?」
大きな紙袋が二つ。中には箱に入ったお菓子やお茶がきゅうきゅうとひしめいているのが見えた。
「ううん、キミにだよ」
「・・・これ全部?すごいたくさん入っているけど」
「え?うん」
当然といったように、彼はきょとんとしている。
これ全部、私ひとりに?まるで海外旅行にでも行ったような量なのだけど・・・。
我が家には前回の出張でアキラくんが買ってきてくれたお菓子だってまだあるというのに。どれも美味しくて大事に食べているという事もあるけれど、あの時だって随分頂いた。だけど今回は、その時よりも更に量が増えている気がする。
「ごめん・・・確かにすごい量かもしれないね。お土産屋さんで色々見てたら、どれもこれもキミの喜ぶ顔が浮かんでしまって」
そう言って、照れ臭そうに目を伏せた。紙袋の中には、食べ物だけではなく私の好きなネコのキャラクターのマスコットもいくつか顔を覗かせてる。このファンシーなグッズを、アキラくんがレジへ持っていった姿を想像すると・・・微笑ましいし、かなり可愛い。思わず顔が緩む。
アキラくんとお付き合いを始めてから。彼が真っ直ぐに私を大切にしてくれているのがどんな瞬間にも伝わって来る。それはくすぐったくて、嬉しくて、胸が締め付けられる。
ありがとう。もう一度改めてお礼を言うと、アキラくんもほっとしたように笑った。
そして、何かを決心したかのように眉を寄せて言った。
「・・・なまえは進藤とは前から知り合いだったかい?」
「ううん。ちゃんと話したのは、今日が初めてだよ」
「そう・・・名前で呼び合っていたから、顔見知りだったのかと・・・。なまえ、進藤の事をどう思う?」
「え?明るくて人懐っこい子だなと思ったけど・・・どうしてそんな事を聞くの?」
「・・・進藤には・・・不思議な魅力があるから」
不安を口にする時だって、真っ直ぐに私の瞳を見つめているのが、アキラくんらしい。心配なのだか、自信があるのだか、どちらか分からない。
「ふふ。本当に好きなのね、ヒカル君のことが」
「なっ!なまえ、そうじゃなくてボクは、キミが・・・」
「妬けちゃうなあ」
「それは、ボクの方なのだけど・・・」
もしかして、私がヒカル君に心変わりするとでも思ったかな。失礼しちゃうなぁ。これから先も、たとえどんなに素敵な男の子が現れたって、私の気持ちは変わらないのに。
アキラくんの事が大好きだから、心配しないで。そう言おうとした時、アキラくんの背後からスッと長い手が伸びて、私達の間にあるレジカウンターに商品を差し出した。
お客さんだ。私が慌てて「いらっしゃいませ」と声をかけ顔を向けると、そこにいたのは、見慣れた白いスーツの男性だった。
「緒方さん!」
私とアキラくんが声を揃えてそう言うと、その人は「売り子が板について来たじゃないか」とクールに微笑んだ。ここにいると、本当に色んな人が来る。
「まだまだですけど、でも緒方さんのお陰でこうして働けてありがたいです」
「真面目な良い子が入ったって棋院の人も喜んでいたし、こっちこそ助かったさ」
「頑張ります。緒方さんも、いつも気にかけて来てくださって、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、私達の会話を横で聞くだけの形になっていたアキラくんが口を開いた。
「・・・お二人は、随分仲良くなられたのですね」
面白くなさそうに言うアキラくんを見て、緒方さんはニヤリと笑って言った。
「この子を紹介したのはオレだから、時々様子を見に来て話す内にな。しかし困ったよ、それを見てオレのガールフレンドだと勘違いしている人間もいるらしい」
「そんな、緒方さん!なまえはボクのーーー」
カッとなるアキラくんを見て、緒方さんは可笑しそうに笑ってる。そして、「どうやらお似合いらしいぜ」なんて火に油を注ぐような事まで言って・・・ああ、もう。緒方さん、ゼッタイにアキラくんの事からかっているだけだ。
ここにいるとこうして日々色々な人が来て、色々な事が起きるわけだけど・・・やっぱり、挑戦してみて良かった、棋院の売店のアルバイト。
私はアキラくんの事を、知っているようで知らない。ここでバイトを始めて彼の周囲の人を知るにつれ、アキラくんの輪郭がより鮮明になっていく。
実は、アキラくんからOKが出るより先にこっそり話を進めていたのだった。やってみなきゃ分からないし、それにやってるトコ見せたら納得してくれるような気もしたし。何でも言いなりになったら、彼の為にもならない。
目の前ではまだ二人の舌戦が続いている。時刻は昼下がり。詰碁本の新刊が入ってくる頃だと思い立ち、私はそっとカウンターを後にする。