「綺麗だったねえ」
プラネタリウムの施設を出てそう感激を伝えると、アキラくんも嬉しそうに笑った。
「うん。すごく綺麗だったし、クリスマスにまつわる星座の話もあって、面白かったね」
「もしかしてアキラくんの事だから、星座が棋譜にでも見えたんじゃない?」
「えっ、なまえもそう思った?面白い石の形だな、なんてつい定石を想像してしまったよね」
冗談で言ったつもりが、どうやらこの囲碁少年の頭の中には本当に碁盤が広がっていたようで、キラキラした瞳で語っている。私が思わず「碁馬鹿……」とつぶやくと、アキラくんはハッと気付いて、バツが悪そうに赤面した。
「……コホン。碁盤の点の事を『星』っていうくらいだし……昔は碁盤を宇宙に見立てて、占いなどに使っていたらしいから、ボクにそう見えたのもあながち見当違いじゃないと思うけど」
「ふふ。アキラくん、言い訳っぽいよ」
「何さ、なまえなんてよそ見してたクセに」
「だ、だってソレはアキラくんがーーー」
「ボクが?何?」
「あ!おい、塔矢じゃないか!」
二人で戯れあいながら歩いていると、彼を呼ぶ声がして。私が振り向くより先にアキラくんが低い声で「進藤..….」と呟いた。小さな声で、隣にいる私にしか多分聞こえていない。
「塔矢!」
もう一度、そう呼ぶのは、私達と同じくらいの年頃の少年だった。もしかして、もしかしなくても、この子が前にアキラくんが言っていた”進藤ヒカルくん”だろうか。
「アキラくん、あの子って……」
「ーーー行こう、なまえ」
ところがどうだ。アキラくんは間違いなく彼に気付いているのに、一瞥もくれずその場を去ろうと私の手を引く。その表情は、見たことも無い程に冷たい。さっきまでふざけ合っていた彼とは、別人のようだった。
イブの人混みを掻き分けて進んだ。走るように歩いたからか、息が上がる。ベンチの並ぶスペースに着いた所で、立ち止まった。結構な距離を進んで来たから、もう進藤くんの姿はどこにも見当たらなかった。私はようやくアキラくんに声をかける。
「ねぇ……あの子、前にアキラくんが話してた、囲碁で知り合ったお友だちだよね?」
「友達?まさか。……いっとき対局を望んだ相手ではあったけど、ボクの見込み違いだった。それだけだよ」
それだけ?たとえよっぽどの事があったって、優しいアキラくんがこんな風に露骨に人を避けるだろうか。
進藤ヒカルくん……アキラくんから初めて話を聞いたのは、一年とすこし前だったか。確かにあの頃から、アキラくんは変わった。入らないつもりだった囲碁部に入ったり、そうかと思えば退部して、まだ受けないつもりだったプロ試験を受けた。
そしてあんな風に避けるのは、それが充分意識しているという事だ。
ーーー大切な人なんだね。
言ったら、すごーく怒りそうだから、今は言わないけど。
私の知らない所で葛藤しているアキラくんの一部が、すこしだけ垣間見えた。彼は感情の整理をしているのか、眉をしかめてジッと俯いている。そんな貴方に気軽には言えないけれど、どうしてだか愛しく思う。
こうやって、色んな気持ちと戦って、前に進んでいくのね。
「アキラくん。ちょっと、飲み物買ってくる。待っていて」