- ナノ -

 放課後になり、約束通り私達は並んで通学路を歩いた。
アキラくんと会うのは、碁会所で指導碁を打ってもらってからーーーつまり、あの告白からーーー初めてのことだった。ちら、と、横目で彼を見る。いつも通りのアキラくんだ。あの告白は、夢だったんじゃないかと思う程。

「荷物、重そうだね。ボクが持とうか」

私はスクールバッグの他に、授業で使った資料が入っている紙袋を持っていた。アキラくんがそれに気付いて申し出てくれた。

「え、でも結構重いよ、コレ」
「なら尚更」
そう言って、私から紙袋を取り上げた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。そっちのカバンも持とうか?」
「さすがにこれくらいは大丈夫だよ。……ありがと、優しいね」
「いいえ。このくらい、好きな女の子の為なら何てこと無いよ」

通学路のど真ん中でそんな事を言うものだから、私はびっくりして彼を見る。だけどアキラくんはいたって普通の顔で「いつもこんなに沢山持って学校へ行ってるの?」なんて、のんびり話してる。
…好き、って言ったよね?聞き間違いじゃないよね。
やっぱりあの告白、夢じゃなかったんだ。

「……なまえ?」

戸惑いで歩幅が小さくなる私を、アキラくんが振り返る。また、名前を呼び捨てにして。

「アキラくん、その…名前、なんで急に呼び捨てなの?」
「嫌かい?」
「ううん、嫌とかじゃなくて……それに、この前は『みょうじ先輩』って呼んでなかった?」
そう聞けば、アキラくんは「ああ…」と少し何か考える素振りをしてから、口を開いた。

「あの時は、キミの事を避けていたんだ」

えっ!
まさかの発言だった。いや、なんとなくそんな気はしていたけど、避けられていた本人の口からハッキリ告げられると思っていなかったので、私は小さくショックを受ける。だけどアキラくんがその先に語ったのは、さらに意外な言葉だった。

「ーーーキミの事が好きで」
「……えっ」
「だから、大切にしたかったんだ。プロにもなるし、どちらも疎かになってはと思って、キミとの関係に距離を置く事にしたんだ。…ただの片想いなのにね。一人相撲をこじらせてて、笑うかい?」
ううん、と首を横に振った。呼び方を変えた事に、そんな意図があったなんて。じゃあもしかして、呼び捨てに変えたっていうのは……。

「でも、キミの事考えないようにしようと躍起になっていた頃より、今の方が逆に碁にも集中できてるんだ」

そう言うアキラくんは確かに、何か吹っ切れたような雰囲気だ。だけれど今度は私が悩まされている。アキラくんの事が大切だから、尚更。

 彼の話によれば、囲碁を引き合いに出すほど私について悩んでくれたのだ。それが彼にとってどれほどの事か、私なりに分かるつもりだ。

それなら、私だっていつまでも曖昧な態度なんかじゃなく、真剣に向き合わなくちゃいけない。自分じゃ不相応と思うなら、そこも含めて。
…それにしても、アキラくんって……


「…アキラくんって…優しいのに、けっこう自分本位だよね……」
「それって褒めてる?」
「うーん、たぶん」
まぁ、それがアキラくんの強みであり、魅力なような気もするし。周囲はそれによって良い意味で振り回されるから。
私だって、今回の事がなかったら、アキラくんとの関係について改めて考える事は無かったかもしれない。

「ねぇ、アキラくん。『みょうじ先輩』って呼ぶことにした理由は分かったけど、じゃあ呼び捨てで呼ぶようになったのは……」
「形からだけど、『なまえちゃん』呼びじゃいつまで経っても幼馴染止まりで、男として見てもらえないかなって」
「そっか。…あのね、みてるよ。男の子として」
「ーーーえ?」
「アキラくんが真剣に考えてくれているのが、すごく伝わるし。…だから私も、ちゃんと考えるから」

私がそう言うと、いつもは涼しいアキラくんの表情が緩んだ。これは、喜んでる?もしくは照れてる?かわいくてつい、私の顔も綻ぶ。

「……嬉しいよ。なまえちゃん、ありがとう」
「あ。アキラくん、呼び方戻ってるよ」
「わ、ホントだ」
ふふ。二人で、顔を見合わせて笑い合う。
そして気付けばもう、私の家の前に着いていた。
アキラくんが、持ってくれていた紙袋を手渡しながら言った。

「じゃあさ。今度、デートに行こうか」
「え!?デ、デート!」
「ふふ。なに、そんなにびっくりして。ちゃんと考える、って言ったのはなまえでしょう。材料がなきゃ考えようが無いじゃない」
そ、そっか。でも”デート”だなんて、アキラくんの口からそんな言葉が出る日が来るとは…。


「クリスマスイブは空いてる?」


アキラくんが指定したのは、なんとイブの日で。ちゃんとエスコートするから、楽しみにしてて、なんて大人みたいに言い残して、アキラくんははにかんだ笑顔で手を振った。



この熱は誰の所為
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