- ナノ -

幼馴染としてじゃないんだ。女の子として、キミが好きなんだ。ボクの恋人になってくれないか。

 アキラくんの言葉が脳にこびりついて離れない。あれから数日経つけれど、私は日に何度も思い出しては、その度に頭の中がアキラくんの事でいっぱいになった。

好きだと言った彼の真剣な眼差しを思い出す。碁盤に向かう瞳に似ていた。アキラくんが冗談で言うわけは無い事は分かってる。だけど……びっくりした。そんなふうに思ってくれていたなんて。

これから考えてくれればいいと彼は言ったけど……一体どう考えれば良いのやら。
アキラくんのこと、そんなふうに思った事は無かった。……いや、本当にそうだろうか。考えないようにしていただけでは無いだろうか。
 アキラくんは人として、そして男性としても、その魅力は非の打ち所がないと思う。優しくて人当たりが良くて、真面目で、そして私の知る誰より努力家だ。夢に向かって真っ直ぐに、命を燃やしている。カッコよくないワケが無い。加えて、あのルックスである。
……どう考えても、私にはもったいないから。

好きだと言って私を抱いた腕の力が、今でもありありと蘇る。そのたび、彼の熱が燃え移ったように私も熱い。
あれは男性の持つ力強さだ。かわいいかわいいと思っていたのに、いつの間にあんなに男の子らしくなったのだろうーーー


「ーーーおい、みょうじ」

名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げる。私の目の前にはどうしてだか岸本君が立っていた。

「岸本君?どうしたの、今まだ授業中…」
「何言っているんだよ、とっくに終わっただろう」

言われて辺りを見渡せば、教壇に教師の姿は無く日直の子が黒板を消していた。いつの間にか授業は終わっていたらしい。私の机の上にだけ、教科書もノートも開きっぱなしだった。
恥ずかしくなった私は慌てて、ろくに板書もできていないノートを閉じた。

「大丈夫かよ、受験生がそんなで」
「ちょっと考え事していただけ。…それで岸本君、私に何か用?」
彼が私に話しかけてくるなんて、あまり無い事だったから、何か用事なのだろう。聞けば、岸本くんは廊下を指差して言った。
「塔矢がみょうじを呼んでる」
「え…アキラくんが?」
ドキリ、胸が騒ぐ。このところ彼の事ばかり考えているからだろうか、名前を聞いただけで心音が速くなった。
「でも、それをどうして岸本君が」
「塔矢が3年の廊下にいるもんだから、囲碁関係なんじゃないかって事で周りが勝手にオレを呼んだんだよ。それで行ったら、みょうじに用があるみたいで …お前達、幼馴染なんだっけ?」

アキラくんが、私に用事?
珍しいな、クラスにまで来るなんて。しかもこの頃学校では、避けられているような気さえしたのに。
岸本君にお礼を告げて、廊下へ向かう。
 そこにはアキラくんが、周囲の視線を気にも止めず凛とした姿勢で立っていた。彼は海王のスターだ。周りの生徒達は遠巻きに、アキラくんへチラチラと羨望の眼差しを送ってる。

「なまえ」

私を見つけると片手を挙げ、笑顔で名前を呼んだ。…ん?「なまえ」?いつもはなまえちゃんって呼ぶのに?ましてやこの間、学校では「みょうじ先輩」って呼んでいたのに?

「どうしたの、アキラくん?」
「今日は対局も無かったし学校に来たんだ」
色々な意味を込めて「どうしたの」と聞いたのだが、アキラくんは最初に登校の理由を告げた。違うんだけどな。的外れな回答が可愛くて、ちょっぴり和む。

「なまえ、今日一緒に帰らない?」

再び呼び捨てで呼ばれて、さっきのは聞き間違いじゃなかったのだと確信する。

名前で呼ばれるたび、心臓がうるさい。どうしちゃったのだろう…アキラくんも、そして、私も。

「う、うん、良いけど…何か用事?一緒に寄りたい所でもあった?」
「ううん。せっかく学校に来たし、キミと居たいのだけど、ボク達は学年も違うでしょ。だから一緒に帰るなら二人で過ごせるかなって」

じゃ、また放課後にね。爽やかにそう言って微笑み、彼はその場を後にした。さっきまでアキラくんに集まっていた周囲の眼差しが、そっくりそのまま私に突き刺さっている。
アキラくん!どうしてくれるの、この雰囲気!?




この熱は誰の所為
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