- ナノ -

TEARFUL AQUARIUM




「あ、おはよーございまぁす。黒田さん」
「黒田、おはよー。」


二学期の終業式も間近に迫り、なんとなくクラスの連中は浮ついてる。
冬休み、大晦日、正月・・・こっからのイベントリレーを考えりゃ、まぁ浮かれちまうのもわかる。ただ、年末年始を除けばほぼ毎日部活なオレ達にとっては、終業式後も部活しに学校来るわけで。帰宅部連中みたいなわくわく感とは無縁だった。

「・・・の、はずだよなぁ。けどオマエらだけは、浮かれモード全開って感じだな。花飛んで見えるぜ」


今日は朝練も無かったから教室に直行すると、何故かオレの席には真波が座ってる。なんでこのクラスに一年のオマエがいるんだ、しかもオレの席に。
その後ろの席には、オレらのマネージャーで、真波の彼女である名前が座ってる。...まぁ、コイツはここが自席だからな。




コイツらは痴話喧嘩だかなんだかで、オレの知らねぇうちに破局していた。んで、ついこの間ヨリを戻したらしい。

インハイが終わってからの真波は、オレから見てもスランプっつーか・・・ロード以外でも、いつも調子がおかしかった。けれど三年生の壮行ファンライドが終わって、どうやら吹っ切れたらしい。
それと、名前とヨリを戻したのと、元気になった理由はドッチだかわかんねぇけど・・・まぁ、ともかく良かった。コイツは手のかかる不思議チャンではあるが、オレの大事な後輩だからな。

様子がヘンだったのは、真波だけじゃなくて名前もだった。
けどこの頃は窓の外見て溜息つく事も無くなったし、毎日ニコニコしてて、その方がずっと可愛・・・じゃ、なくて。コイツ、機嫌悪いとオレに八つ当たりして来る事あるからな。それも直ったのがホント良かったぜ、うんうん。

元サヤに戻った事で、二人とも幸せそうで。オレも平和だ。なんだ、良いコトばっかじゃねーか。

しかし、朝っぱらから先輩の椅子を占領してイチャついてるのはいかがなものか?なぁ、真波よ・・・コイツ、退く気配も無ぇし!




「・・・えーと。何から突っ込んだら良いですか。真波、何でここに居んだよ?!って話聞けコラ、何ふたりで微笑み合ってんだ、朝からラブラブか?!っていうかオマエ始業前に学校来てんなよ、遅刻してろよ、キャラ的に!!」
「わー。黒田さん、朝からすごいですねぇ・・・そのツッコミ!」
「拍手してんじゃねぇよっ。」
「なんでオレがここに居るか、ですか。名前さんに会いに来たに決まってるじゃないですか。・・・ああ、いいなぁ黒田さん。だって、名前さんと前後の席なんでしょ?・・・あっ、そうだ!黒田さん。オレと席、交換しようよ!」
「できるかっ!!気軽に言ってんじゃねぇよ、クラスメイトか!!オマエ、一年だろうがっ!」
「そうだよ山岳。アンタ、二年の授業になんかついてこれないでしょ」
「って名前、突っ込む所はソコじゃねぇーよっ!!」

・・・そうだった。真波については言わずもがな、コイツも時々抜けてるんだった。
しっかりしてくれよ名前、新生箱根学園は深刻なツッコミ不足なんだから。

「・・・あ、黒田さん。ちょっといいですか?」

ひとしきり楽しそうに笑ったあと真波は立ち上がり、親指を立てて廊下の方を指した。
学校指定の薄黄色のセーターの袖口から女子みたいに指先だけ出す仕草とは裏腹に、その瞳と口調は有無を言わさぬ強引さだ。オイオイ、呼び出しかよ。オレ一応、先輩だよな?!
でも・・・真波山岳ってのはこういう男だ。
天然とか不思議とか、あざといとか・・・一言で表現すんのは不可能に近い。こういうヤツなんだ、としか言いようがない。


オレは仕方なく、真波に占領されてる自分の机にカバンだけ置いてその指差す廊下へと歩き出す。
なにかあったの?と心配そうに見上げる名前に、「んーん、部活の話。またお昼休みに会いに来るね、名前。」と真波は彼女の頭をふわりと撫でた。ついでにイチャついてんじゃねぇーよ!いや、オレがイチャつきのついでに呼び出されてんのか?!

・・・っていうか・・・真波のヤツ、名前のコト前から呼び捨てだったか?...なんかコイツら、別れる前よりさらに仲良くなってねえ?

名前は兄譲りでどちらかというと硬派だ。前は自由人な真波がひっついてきても、照れるか叱るかって感じだったのに・・・今のオマエ何だよ、嬉しそうに真波の事見つめてんじゃねぇかよっっ。しっかりしてくれ、マジで。新生箱根学園は深刻なツッコミ不足なんだから。








「あっ、真波クンだ!かっこいい〜!」
「朝から見れるなんて、今日は良い日になりそうっ。」

教室の外へ出るや否や、廊下にいた女子達の黄色い声がキンキンと響く。良い日になりそうって何だよ、幸運のシンボルか?!むしろオレは今日、面倒事ばっかりなんですけど!

「どうもー」なんてヘラヘラした面でそれに応える真波に、オレはため息をつきながら話を切り出す。


「・・・で、ナンだよ。廊下にまで呼び出したって、席の交換はできねぇからな?!」
「え?やだなぁ黒田さん。交換なんて、できるわけないじゃないですか。オレ、一年だもの。」
「どっからが冗談なんだよ、お前はよ?!・・・ったく。じゃあ何だよ、話があんじゃねーのか。」
「黒田さんは、名前さんの好きな物とか、好きな事とか・・・なにか、知りませんか?」
「・・・は?名前の?・・・あのさお前、起承転結って言葉知ってっか。順序立てて話せよ、なんでそんな事オレに聞いてんのか。」
「えーっと・・・オレ、名前さんに色々と迷惑かけちゃって。だから、お詫びっていうか・・・何か彼女の喜ぶものをあげたりとか、したりとか、できないかなーって考えてたんですよ。」
「なるほどな・・・って、よくわかんねぇけど。まぁとにかく、それで何したら喜んでもらえるか考えてたってワケか。」
「うん。クラスメイトの黒田さんなら、何か知ってるかなって。」
「知らねーよ。別にアイツとそんな仲良しじゃねえっての」
「ふーん。同じクラスなのに?席も前後なのに?なんにも知らないんですか。」
「・・・お前、席の事やっぱりちょっと根に持ってんだろ。・・・っていうか、名前の事ならお前の方が知ってんじゃねぇの?好きなものとかさ。」

「名前さんの好きなもの・・・、うーん。・・・・・・"オレ"?」


・・・・・・・。だろうけどよ!

もう突っ込むのも疲れて、真波のボケなのか素なのかわからない発言をひとまず泳がせる。

さっきまでこいつらの復縁を喜んだオレだけど、前言撤回だ。とんでもないバカップルが誕生してんじゃねえか。



「とにかく、だ・・・てなワケだから他を当たってくれ。ってか、女子の事なら女子に聞けよ、オレはそーゆーのワカんねェから。」

このままだといつまでも惚気話を聞かされそうだと察して、切り上げようとする。すると真波は、「女子に、ですか...」とそのガラス玉みたいな瞳を瞬きさせてから、何か閃いたように笑った。


「ねぇ、キミたち!」


真波は片手を上げて、廊下でコッチをちらちら見てた二人組の女子に声をかける。さっきいた女子とは顔ぶれは変わっているが、コイツらもまた真波のファンなのか興奮した様子で奇声をあげている。ったく、どんだけファンがいるんだコイツ。

ってか、ちょっと待て。オマエまさか・・・?!



「キャーッ、初めて真波君の方から話しかけられちゃった!」
「こんな近くで見れるなんて・・・!!ハァ、かっこいい・・・」
「あはは、どうも。ねぇ、キミたちに聞きたい事があるんだけど」
「ま、待て真波?!お前なにをっ、」
「なになに?真波君の質問なら、なんでも答えるよ!」

「女の子って、どんな事してもらったら嬉しい?」


ただでさえ興奮状態だった女子達は、その質問を受けて更にヒートアップしていった。

そんな光景にオレは、頭を抱える事しかできない。女子に聞けよと確かに言ったが、いくらなんでもファンに聞くとは思わなかった。コイツはいつも、オレの想像の斜め上を行く、色んな意味で。
おい女子ども、目をハートにして浮かれてる場合じゃねぇぞ。その質問は、お前達の好きな人の好きな人を喜ばせるためのモノなんだぞ、真波が彼女とラブラブバカップルな時間を過ごす為の!


「えっ?!ま、真波君にしてもらえるなら何でも!いま話してるだけでも夢みたいだし?!」
「ああっでも、もう少し夢を見させてもらえるなら・・・一緒にお出かけとかできたら、もう死んでもいい」
「ヤバイね、それ!真波君との思い出がとにかくほしいよね、物とかじゃなくていいから」

自分達にしてもらえるのかもと期待してしまってる女子達は、夢見るような目であれこれと願望を口にする。真波はというと、そのひとつひとつを真剣な表情でふんふんと聞いてる。...そんな光景にオレは、ただただ絶望してる。

真波、オマエってほんと・・・。

...か、可哀想すぎるだろ、オマエのファンなんだぞ?!
・・・仕方ないのか。真波山岳ってこういうヤツだから・・・?!



「・・・思い出、かぁ。いいかも、ソレ。オレたち、知り合ってからまだそんなに経ってないしね。よし、じゃあ一緒にどこかに出掛けるって事で・・・デートってコトで、決まりだ!」


その後女子達は、いま人気のデートスポットなんかをいくつか教えてくれた後、嬉しそうに立ち去って行った。別れ際、こんど日にち決めようね、と言われた真波は「たぶん冬休みのどこかになると思う」と、ほぼ間違いなく自分達カップルの予定を笑顔で報告してた。・・・絶対あの子達、勘違いしてるだろ。あーあ、知らねぇぞもう。



「じゃ、オレもそろそろ自分の教室戻りますねー。やっぱり、黒田さんに相談してみて良かった。女の子の方が詳しいって、本当でしたねぇ。」
「・・・お前さぁ・・・。オレは、知らない女子に聞けなんて言ってねぇだろうがよ・・・」
「え?知らない人じゃないですよー。あの子たち、いつも練習見に来てて。よくオレに差し入れって、お菓子とかくれるんですよ。」
「めちゃめちゃ熱心なファンじゃねーか!ますます可哀想だろうが!!?」


・・・案の定真波はなんにもワカって無いみたいで、その無駄に整った顔をきょとんとさせてる。
これで悪気があったら怖えーけど、多分そういうワケじゃない。おそらく、深く考えて無い。だからこそファンの女子が不憫だ。

「ハァ。まぁいいやもう・・・。ってか名前についてなら、適任者はオレ以外に沢山いただろ。福富さんとか、兄貴なんだからさぁ。」
「・・・いや、黒田さんに話しておきたかったんです。名前さんって無防備なんで、お守り配って歩かなきゃいけないのもあったんで。・・・あ!デートの事、名前さんにはナイショにしてくださいね。ビックリさせたいんで!」


・・・そう言って、ヤツはニコニコと去って行った。...言わねぇよ、っていうかもうなるべくお前等カップルには関わりたくねぇよ。ったく、朝から疲れさせやがって。

・・・そういや、「お守り」って・・・何のことだ?
不思議チャンの言う事は、わけわかんねぇなホント。







教室の席に戻ると、名前はご機嫌な様子で鼻歌まじりだ。大方、はやくサンガクに会いたいなー昼休みになんないかなーとか思ってんだろ。真波と違ってわかりやすい奴だよな、コイツって。

「あ、黒田おかえりー。山岳、大丈夫だった?」
「・・・大丈夫じゃねぇなぁ、アレは。色んな意味で。」
「えっ?!何、なんかあった?!」
「オマエも大変だよなー。真波が彼氏ってよ。」

そう言うと、名前はすこし目を見開いてから、これでもかってくらい幸せそうに笑った。


「・・・ふふ。うん、すっごく大変なんだから。」


−−−ンだよ、セリフと表情が全然合ってねぇよ。


でもなんだか・・・そんな嬉しそうなカオ見てたら、なんかもうどうでも良くなって来るっての。

真波が一生懸命に、名前のためのデートコースを思案していたのを思い出す。...ナルホド、この笑顔の為にガンバってたワケか。そりゃ、やり甲斐あるよな。なんかちょっと、真波の気持ちが分かるような・・・って、何考えてんだオレは!


・・・うまく、いくといいな。


コイツの笑顔ひとつでそんなふうに思ってしまうオレは、チョロすぎるか?...だから後輩のアイツに、ナメた態度とられてんのか。

いや・・・ナメてるとかじゃなくて真波山岳ってのは、あーいう男なだけなのか?






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