- ナノ -

奇跡の鐘 2


「・・・ファンライドのときに、東堂さんに言われたんです。自由に走れって。苦しいなら、このジャージを脱げばいい、って。」



オレは、ジャージの胸におおきく書かれた"箱根学園"という文字を、ぎゅ、と握った。



「・・・言われて気付いたんです・・・これ、まだ途中なんだ、って。オレより登りの速いヤツが峠の先にいるんだ、って・・・そう思ったら、ワクワクしたんです。だって、それって今までよりもっと生きてるって感じられるって事でしょ?・・・気付いたらまたロードが、少しずつ楽しくなった」
「・・・そう。ファンライドで、そんな事があったのね。」
「うん。・・・でも、何かが足りなくて。進むべき道がわかって、ロードに乗り続ける理由にも気付けて・・・坂がまた楽しくなったのに、"生きてる!"って感じる程のワクワクは、どこまで踏んでも湧き上がって来なかったんです。・・・足りないものが何かなんて、すぐわかりました。だって・・・いつも心にぽっかり穴が空いたみたいだったから。でも、"それ"は自分で手放したモノなんです、」



ぽた、ぽた、と−−−オレの目から、涙が溢れた。

名前さんの方がずっと傷ついてて、泣きたいのだって彼女の方なはずなのに。
それに名前さんの前で泣くだなんて、かっこ悪いにも程がある。

グイ、とジャージの袖で瞼を拭うと、名前さんが「とめないで」と強張った声を震わせた。




「とめなくて、いいから・・・泣いたって、いいから。つづき、聞かせて?」




−−−彼女の声に、オレは頷く。
ひとつひとつの言葉を丁寧に形にしようと、細心の注意を払う。もうなにひとつ、彼女の前で取り繕ってはならない。心にあるまま、彼女の元へと届けなくちゃいけない。





「・・・オレ、間違ってばっかりでした。一人で走れば、荷物も軽いと思ってた。けど・・・どんなに高い所まで登っても、そこにあなたがいなければ何の意味も無かった。いつだってゴールの先に、キミを探してしまってたんだ。・・・好き、なんです。オレは誰よりも、あなたの事が、好きです」




ずっと抑えていた気持ちが全て、涙と一緒にあふれ出していく。



・・・告白するつもりなんて、なかったのに。
その上こんなふうに大泣きして言うだなんて、あまりにカッコ悪すぎる。

いつかオレがもっと強くなって、キミの事、本当の意味で幸せにできるような大きな男になれたら。この罪を償えるようになったら・・・
もしまた告白のチャンスがもらえるなら、その時だろう。
そんな日が来たら、とびっきりロマンティックに伝えたかったのに。キミがめちゃくちゃドキドキして、一生忘れられない告白にできたら・・・どんなに良かっただろう。




「こんなにキミの事を傷付けたくせに、今さら・・・好きなんて言って、ごめん。自分勝手で、バカで、かっこわるくて、ごめん。それなのに・・・キミの事諦められなくて、ごめんなさい。はじめは、簡単に忘れられるって思った。好きになるのも一瞬だったから。こんな気持ちのひとつくらい消したって、どうって事無いって思ってた。・・・だけど、消えなくて。どれだけ考えてないようにしても、無視しても、・・・ふとした瞬間にすぐ、心の中がキミでいっぱいになった。・・・本当に、ごめんなさい」


「・・・。どうして謝るの?・・・私が今、どれだけ嬉しいのか、わかる?」



涙で歪んだ視界の向こうで、名前さんが優しく笑った。



「山岳が・・・やっと、私の前で泣いてくれた。」

そう言うと名前さんはオレに一歩近づいて、両手でオレの左手ぎゅうっと握った。


「・・・今度はすこしだけ、私の話もきいてくれる?」






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