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おうじさまと後夜祭

<真波山岳/ 読み切り>
1万打HIT企画アンケート作品/テーマ:文化祭
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箱根学園、文化祭。
勉強や部活の毎日の中の非日常である文化祭は、学生達の一大イベント。それは、我々箱学生にとっても例外ではない。
私も初めてで無いとはいえ、準備の段階から友人やクラスメイト達と普段と違う高揚感の中を楽しく過ごしていた。

そして−−−このビッグイベントも、残すところはいよいよ後夜祭だけとなってしまった。


グラウンドでキャンプファイヤーを囲む生徒達の姿は、今この瞬間を楽しむ若者特有の情熱で溢れてる。
けれど私達はもう高校生で、子どもと呼ばれる年齢ではない。その証拠に、お祭りには必ず終わりが訪れるという事を知る刹那も漂っていた。


そんな中・・・私は喧騒から離れたベンチでひとり座り、遠くでちらちらと燃える炎や、それを囲んでカップル達がフォークダンスをする様子をぼんやりと眺めてた。


「・・・なんだ、名前じゃん。向こうから、ひとりでいるの見えたから・・・もしかしたらと思ったら、やっぱりオマエかよ。何してんだよこんなトコで、しかもひとりで。」

膝に両手で頬づえをついて、膨れ面で溜め息を吐いていると・・・クラスメイトで、私がマネージャーをしている自転車競技部のクライマーのひとりである黒田雪成がこちらに近付いて来て声をかけた。

そしてその服装は、箱根学園の制服ではなく、見慣れたサイクルジャージ姿でもなく。白衣を纏った、医者の姿だった。

今年の後夜祭は、生徒会の発案で全員仮装で参加する事になっていた。
耳のついたカチューシャを装着する程度で済ます生徒もいれば、演劇部なんかは髪型やメイクまで本格的にこだわっているみたいだった。

「・・・ふーん。仮装、黒田は医者の格好にしたんだね。似合ってるね。」
「うわ、すげー棒読み。お前、ぜってーオレに興味無いだろ!ンなふりふりのコスプレしといて、中身どんだけテンション低いんだよ!!」

・・・そう。
私の衣装は、童話『シンデレラ』のお姫様の衣装だった。

でもこれ、はじめから着たくて着たワケじゃない。
私と仲が良いグループのメンバーのひとりに、服飾系の大学を目指している子がいる。後夜祭のドレスコードが決まった時、その子が「グループの子たちの衣装は、私が手作りしたい」と申し出てくれたのだった。今から何か作っておいて、入試面接で持ち込む作品のひとつにしたいとの事だった。
・・・進路、かぁ。そういえば、そろそろそんな事も考えなきゃいけないんだな。

彼女曰く、ドレスのテーマは"プリンセス"。白雪姫やオーロラ姫など、それぞれのイメージに合わせたドレスを作りたいらしい。
それを聞いた私以外の子達は皆、瞳を輝かせて大喜びだった。女の子って案外、変身願望があるんだなぁ・・・なんて、私は人ごとのように聞いてた。
そういう女の子らしい事がすこし照れ臭いというか、あまり馴染めなくて・・・ひとり白けてると友人たちは興奮した様子で、
『名前も着るんだからね!?』
『彼氏の真波くんに見せてあげなきゃ!!』
・・・なんて、有無を言わせず着る事になってしまった。


しかし私が、寂しげなベンチでひとり膨れていたのはこの衣装を無理に着せられたせいでは無い。

素人が作ったといえ、好きこそ物の上手なれというのか、ドレスはなかなかの仕上がりだった。
それにもし、既製品を買ってお揃いにしよう!という提案であれば恥ずかしいという理由で断る事もできただろうけど、友人が一生懸命に手作りした物を無下にする事はさすがにできない。

私が着せてもらう事になったシンデレラのドレスは、童話から飛び出して来たみたいな深いブルーの衣装。袖が生クリームを絞ったみたいにふんわりとしていて、スカートも中に何枚も重ねたパニエのお陰で足首まで豪華なボリュームで膨らんでいる。
髪は友人達がヘアアイロンでウェーブをつけてくれ、その上にレプリカのティアラをちょこんと乗せた。
靴はもちろん、ガラスの靴−−−ではなく、予算の都合で市販の白パンプスだけれど。

はじめは恥ずかしくて落ちつかなかったけど、着ているうちにまるで本物のお姫様にでもなったみたいで少しドキドキした。
お姫様のコスプレで心踊らされるなんて、私も一応女子の端くれなんだなぁ。




「っていうか名前。フォークダンス、真波と踊って来なくて良いのかよ?お前ら付き合ってんだろ。早く行かねぇと、あいつモテるんだからあっという間にファンに囲まれちまうぞ。」


−−−そう、私がこんなローテンションなのは、ドレスのせいなんかじゃない。


「・・・いないのよ、山岳のヤツ。」

私が膨れ面でそう言うと、黒田はすこし間を空けてから「そんなに張り切ってシンデレラの格好までしてんのに、王子がまさかの行方不明かよ!」と言って爆笑している。



文化祭といえば、クラスごとに模擬店をしたり、自分の店番の無い時間帯は友だち同士やカップルで校内を周って祭りを楽しむ。
もちろん私もそのつもりで、今日は大好きな彼氏と過ごすのを何週間も前からずっと楽しみにしてた。
学年がひとつ下の山岳とは、こういう学校全体の行事でないと一緒に過ごす事はできないし・・・。

けれど今日、山岳の姿がずっと見当たらなかった。

彼のクラスは模擬店として写真館をやる、という話は前に聞いてた。
コスプレを何着か用意して、1回500円で写真を撮れるというものらしい。そして模擬店後、その衣装は山岳のクラスの子たちが後夜祭で着用するという事で、なんともコストに無駄の無いプランニングだ。高校生にしてこの企画を考えた、山岳のクラスの発案者は将来が末恐ろしいな。

昼間の模擬店の最中、私は自分のクラスの店番をしながらも山岳が迎えに来るのを今か今かと待っていた。
でも結局、彼が現れる事は無くて。
自分の当番が終わってから山岳のクラスに顔を出してみたけど、アイツはそこにも居なかった。
・・・一体、どこに行っちゃったんだろ。
楽しみにしてたのになぁ、文化祭デート・・・。
まぁでも、約束してたワケじゃないんだし・・・仕方ないか。

せめて後夜祭だけでも一緒に過ごせたら、と思ってグラウンドをうろうろしてみたけど、山岳の姿を見つける事はできなかった。
・・・黒田の言う通り、こんな立派なドレスを着てるのが張り切ってるみたいで余計に恥ずかしいったら。


笑い転げてる黒田に、私は怒る気も失せて深い溜め息をついた。



「・・・あ、いたいた。もう、名前さん。探しましたよ〜」



不意に、腰掛けているベンチの背中から聞き覚えのある声がして−−−振り返ると、山岳が私の後ろからひょっこりと顔を出している。

「噂をすりゃあ・・・オイ真波、おまえドコ行ってたんだよ。名前、探してたみたいだぞ。」
「え、そうなの?オレもさがしてたよ。名前さんこそどこに居たの?」
「私は、昼間は自分のクラスの模擬店と・・・店番終わってからは、山岳のクラスに顔出しに行ったよ。けど山岳、いなかったよ?」
「あー。昼間はオレ、ロードで山登ってました。ホラ、今日ってすっごく良い天気だったじゃない?で、走り終わって学校戻ってみたら・・・そういえば今日って、文化祭だったっけーって思い出したんですよ。それで、名前さんドコにいるのかなって探してたんです」
「真波・・・この不思議チャンが!まさか忘れてたのかよッ。名前が可哀想だろ。文化祭、カップルで周るだろフツー!」
「・・・黒田、私の事なら気にしないで。」

さっきまで笑い転げてたくせに、本人を前にすると私のフォローをしてくれる案外常識人の黒田に、私は何も動じない表情で頷く。


「私なら大丈夫。真波山岳の彼女をやるって、こういう事だから。」

私が眉ひとつ動かさずそう言うと、黒田は「お前も大変なんだな...」と労ってくれた。・・・イヤ、哀れみか?


「あれ?名前さん、その服って・・・」

私の衣装に気が付いたらしい山岳が、私の正面へと回り込んで来てまじまじと見つめる。
正直、この格好を山岳がどう思うのか気が気でなかった私は、彼の反応に身構えた。
座っている私の目の前に立つ山岳を、伺うように見上げると・・・なんと、彼もまた仮装姿だったのだ。

「・・・山岳っ、その格好・・・」
「え?ああ、コレですか。ウチのクラスで取り扱ってた衣装みたいなんですけど・・・オレ昼間、クラスの店番とかサボってたから・・・夕方に教室もどったら、皆に怒られちゃって。コレ着て、看板持って宣伝でも客引きでもして来いーって、着せられたんですよ。」



それは・・・真っ白な、王子様の衣装だった。


まるで中世の騎士が着ているような軍服で、腰にはレプリカだろうけど銀色の剣が携えられてる。
全身白の王子様衣装だなんて、かなり着る人を選ぶだろうに、目の前のこの男は案の定さらりと着こなしている。
所々に施された金色の刺繍も、黒のロングブーツも、ツバメのようにひらりと伸びた燕尾の裾も・・・全てが山岳の為に作られたかのように、ひとつ残らず似合ってる。そりゃもう、にくたらしい程に。


「・・・かっこいい・・・。」


思わず、本音がこぼれる。
学校でアイドル状態の山岳が、この格好で客引きとは・・・山岳のクラス、かなりの動員になったんじゃなかろうか。うーん、やっぱり末恐ろしい経営センスだわ。


「えへへ、ありがと。名前さんも、すっごくカワイイ!それ、お姫様だよね。えーっと確か・・・イジワルな女王さまに、毒リンゴ食べさせられちゃうヤツだっけ?」
「って真波、ソレは白雪姫ッ!名前のドレスのは、違ぇだろっ!ってか名前も、オレの仮装見た時とリアクション違いすぎんだろうが!!」
「え、白雪姫じゃないんですかぁ?うーん、じゃあ何だろう・・・青いドレスで、名前さんの髪がふわふわで・・・あ、わかった!」


山岳は嬉しそうに笑顔を咲かせると、すっと私の前にひざまずいた。

「お姫様、お手を。」

・・・そう言って、片手を差し出す姿はまるで本物の王子様みたい・・・って、我ながらなんて恥ずかしい事を考えてるんだ。

「はぁ?!な、なによ、急に」

冗談にならないくらい異様に絵になる山岳に、心臓をバクバクさせながらそう言うも彼は人の気も知らないで微笑んでる。
コイツ・・・平気で、こういう事するんだから。不思議ちゃんおそるべし・・・


「名前さんの仮装のお姫様って、アレですよね?お姫様が塔に閉じ込められてて、どんどん髪が伸びちゃうヤツ!だから、手を取って連れ出さなきゃーって思って。オレの服、王子様の衣装なんだって。これってすごくない?たまたまなのに、名前さんとお揃いだなんて!・・・あ、そっか。黒田さんは閉じ込めてる悪い人の役ですかぁ?」
「なんでだよ!オレはむしろ名前が寂しそうにしてたのを相手してた位だっつの!!っていうかソレなら、ラプンツェルだろうが!!」


山岳は私の手をぎゅっと握って、海みたいなブルーの瞳をきらきらさせながら「名前さん、ほんとのお姫様みたいだ」なんて、恥ずかしげもなく言った。
・・・ああ、もうっ。心臓がうるさい。
山岳といると、いつもこんなだからどれだけ振り回されても結局、許してしまう。
私は、どこまでも自由な彼に呆れながらも、でも山岳が自分のドレス姿を褒めてくれた事がくすぐったいような嬉しい気持ちだった。


そんな私たちを見て・・・黒田は、やれやれといった様子で頭を振り、キャンプファイヤーに彩られたグラウンドの中心の方へと戻って行った。その仕草とは裏腹に、どこか優しげな表情を浮かべながら。

私が山岳のことゆるしちゃうのも、見惚れてしまうのも、今日はいつも以上に仕方ないと思う。
衣装を着た山岳は、絵本から飛び出して来たみたいにかっこいいし・・・それでなくたって私は、山岳に恋をしてるのだから。




「ね、名前さん、キャンプファイヤーの方いこうよ。それで、オレと踊ってくださいっ。せっかくお揃いなんだし!」

山岳はうれしそうに立ち上がり、私の両手をとる。
彼に手を引かれふわりと浮いた身体が、慣れないヒールのためかすこしフラついてしまう。

その瞬間、山岳がすかさず抱えてくれた。


「大丈夫?・・・お姫様。」
「う、うん。・・・っていうか、その呼び方やめてよ」
「えー?あはは。だって、今日の名前さんすっごくカワイイんだもの!・・・あっ、そうだ。」

何か閃いた様子の彼は、抱えた私の腰にしっかりと片腕を回す。
相変わらず楽しそうに目を細めながら、もう片方の手で私のアゴを持ち上げてキスをした。

ちゅっ・・・と甘い水音がグラウンドの隅に響く。
束の間頭がぼうっとしてしまったけど、我に返った私は山岳の胸を押し返した。


「んっ・・・。ちょっ、ちょっと、山岳?!」
「・・・えー。もう、終わりですか」
「当たり前でしょ!いくら近くに人が居ないとはいえ、こんな所で急に・・・!」
「だって、名前さんの仮装ってアレですよね。王子様の愛をもらわないと、泡になって消えちゃうヤツ。だから、いそいでキスしなきゃーって・・・オレ、名前さんの事ホントに好きだもの。」
「っ・・・そ、それは人魚姫でしょっ。この衣装は、違うんだってば。・・・っていうか山岳、なんでそんなに童話に詳しいわけ?!」
「んー。オレ、昔はあんまり身体が強くなかったんですよ。外に出たりできない時もあって、ほんとに小さい頃は親がよく絵本とか読んでくれてたんですよ。・・・だからかな?」

・・・それなら尚更、なんでさっきから『シンデレラ』だけ、出て来ないのよ。黒田だってすぐに気付いてくれた位、有名な作品なのに。
・・・衣装だって、こんなに完璧なのになぁ。
口が悪くてガサツな私は、清楚なシンデレラとはやっぱりかけ離れてるって事かな。



「名前さん、行こうよ!」


山岳に再び手を引かれて、私たち二人は皆が思い思いにフォークダンスを踊る輪の中へと進んだ。





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