- ナノ -

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そうして私と山岳の関係は・・・なんとも納得のいかないまま、まるで図ったかのように夏という季節と共に終わりを迎えた。
春、夏、と・・・−−−ふたつの季節が、彼と過ごしながら移ろいだのだ。
きっと大人になって振り返れば、そんなのも高校2年生のたった1ページに過ぎないのだろうか。

夏休みも終わって、今日から新学期。
まだまだ暑い日もあるけれど、カレンダーはもう9月。

彼と出会ってから、ひとりで迎える初めての新しい季節だった。



「名前、オハヨー!どう、真波クンとは夏の思い出つくれたぁ〜?」

登校初日、靴箱のところでクラスの女友達に肩を叩かれた。

「・・・オハヨ」
「え・・・テンション低。なに、真波くんとドコにも行けなかったの?まぁ、毎日部活だもんねぇ〜」
「花火大会行ったよ」
「え!いいじゃん!浴衣着た?」
「部活帰りだったし着てない。そしてその花火大会でフラれた」
「えっ・・・・マ、マジ・・・?」

私の言葉に、友人は手に持っていたローファーをポコンポコンと床に落としてしまった。
その後は二人で教室へ向かったけど、友人が妙に私に気を遣っているのがなんだか可笑しかった。



山岳にフラれてからというもの、その直後は流石にショックだった。ひとりで泣いたりもした。
ただ振られただけでも相当ショックなのに、山岳が眉間にシワをよせて自転車に乗る姿を日々目にする事が私の心への追い討ちだった。
私と別れて、また自由に自転車に乗れるならまだ救いだというのに。
・・・本当にこのまま、彼はもう坂を登る時に笑顔を見せる事は無くなっちゃうのだろうか。

でもきっと・・・山岳の出したこの答えが、今の彼の精いっぱいなんだと・・・そう、わかってあげたいとも思ってる。
それほどあのインターハイは、山岳にとって大きな傷になってしまったんだと思う。



私は今だって変わらず、山岳の事が大好きだ。

嫌いになんて、そんな簡単にはなれない。こんなふうに誰かに恋をしたのは初めてだけど、「別れましょう」でハイわかりましたと気持ちが消えるものではきっと無いもので。






新学期の登校初日の今日は、体育館での全校集会の後クラスで席替えをした。
クジ引きで決まった今回の席は、私は窓側の一番後ろという恵まれた立地で。これは、天からのせめてもの慰めかも?

席替えのすぐ後は、現代文の授業だった。そういえばこの2年生になってから窓側の席に座るのは初めてだなぁ、なんて思って私はなんとなく窓の外を見てみる。
この教室からは、グラウンドが見えるようになってる。どうやら体育の授業で、どこかの学年の男子がサッカーをしているようだった。あのジャージは、1年生だろうか。

「はいよ、名前。プリント〜」

席替えで前の席になった黒田が、振り返って私に授業の資料を手渡した。
この前まで隣の席だったというのに、まさか今度は前と後ろになるとは・・・。

「名前と部活でも一緒なのに、クラスの席もまーた前後とはなー。」
「・・・そうだね・・・。」
「ンだよ、元気無ぇな。そんなに嫌か、オレの後ろが。・・・それとも何だ?真波と喧嘩でもしたのかよ」
「・・・なによ皆して、真波真波って・・・。」
「ったく。どーせ、また真波が名前を怒らせる事でもしたんだろ?」
「というか、私が何もしてあげられなかったというか・・・」
「なんだそりゃ?謎かけかよ。」

「オイ黒田、そろそろ前向けよー。おまえ部活も一緒なのに、そんなに福富の事が好きなのか?」

先生の言葉にクラス中がドッと笑い、黒田が「ちっげぇよ!」と真っ赤になって言ってるの様子が可笑しくて、思わず私も吹き出してしまう。

黒田は姿勢を前に戻すとき、
「お前ら来週の熊本のレース行くんだろ、早く仲直りしろよー」
と、ひとこと言い残して再び机に向かった。


そうなんだよね、熊本なんだよねぇ・・・。
インハイメンバーの走りがまた見られるという事で、すっごく楽しみなのに・・・山岳との事だけ、気が重い。泊まりで行くっていうのに・・・ハァ、こんなにモヤモヤした気持ちで行くのはヤだなぁ。

・・・仲直りとかの問題じゃないんだよ、黒田。
山岳と別れたこと、黒田はまだ知らないんだ。
わざわざみんなに言う必要は無いと思って言ってなかったから・・・っていうか、私がまだ受け入れたくないだけかも?
でも周りに知られるのは時間の問題だろうな。付き合ったときも凄い勢いで広まったし。・・・仕方ない、山岳は学校でアイドル状態の有名人だ。きっと、フリーになったと知れたらファンの子たちが黙っちゃいないだろうな。

私は深〜いため息をつく。
その時、不意に窓の外から視線を感じた。気配の元を辿ると・・・なんと、グラウンドでサッカー授業を受ける男子の中に、山岳の姿があった。


え、山岳?
そっか、この時間は山岳のクラスの体育だったんだ、知らなかった。
っていうか、アイツなんでこっち見てんの、−−−と思った瞬間、山岳は瞳を大きく開いてからパッと顔を逸らした。



・・・な、何よ今の?!
いくら別れたからって、途端にこんな・・・。
あからさまに避けすぎなんじゃないの?

山岳たちの体育はゲーム形式で授業をしているらしかった。アイツはそれきりこっちを見ようとはせず、自軍のキーパーの近くでやる気なく立っているだけだった。
・・・まったく、真面目にやりなよね。
集中力も脚力もスゴイんだから、本気出せば体育のサッカーくらい山岳ならすぐヒーローになれるのに。
あいつはボールを追うクラスメイトを遠目に見て、欠伸なんてしてる。・・・まぁ、山岳らしいけど。

私はいつまでも、窓の向こうから目を離せずにいた。
彼をただ見ているだけで、まるでフラれた事に気付いていないかのような私の可哀想な心臓がドキドキと高鳴った。

・・・そういえば、あんまり見るのもなと思って最近はまともに山岳を見る事すらできてなかったし。
こうやって見ると、やっぱり無駄にカッコイイ。着てるのは学校指定のジャージのくせに、すらりと伸びた手足と、部活で鍛えられたまっすぐな体幹は立っているだけでも絵になる。
あ、この席になってこれからは山岳の体育のたびに見放題か、ラッキー!・・・って、私はあほかっ。

私は・・・フラれたのに。
もう彼女でも、なんでもないのに。
こんな風に想われるのは、山岳にとってきっと迷惑なのに。

苦しいくらいに胸が締め付けられるのは、なんでなんだろう。もう元の恋人には戻れない、悲しみなのか・・・それとも。まだ恋という夢の世界から起き上がれずにいるせいなのかな。

どちらにしろ、やっぱり私はこの気持ちを消せないのかもしれない。





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