- ナノ -

大っキライ 2




「よろしくおねがいしまーす」
「その前にアンタ、言う事無いの?」

今日も今日とて遅刻のクセして、のん気な顔で教室に入って来た真波に私は早速苛立つ。まずはゴメンナサイでしょうが。

「えー?そうだなぁ、名前さん今日もおっかないカオしてますねー、とかですかぁ?」
「誰のせいよ!…ハァ、もういいや。時間もったいないし、さっさと始めよう。昨日伝えた範囲、復習してきた?」

何の事ですかと言いたげな顔で真波は、私の隣の席に座る。おいおいおい。
それは昨日同様、机と椅子をふたつ並べて用意した席だった。勿論、用意したのは私である。
怒るというかもう呆れてしまいそうな私は、さっさと切り替え、用意してきたプリントを差し出す。

「…復習は、してないのね。じゃあ今日はこのプリント問いてみて。一通りやって、分からなそうな所から説明するから」
「今日はオレ、勉強を教えてもらいに来たワケじゃないんです」

…ヤバイ、言ってる事がさっそく意味不明すぎる。
怪訝な顔の私を気にもしない様子で、真波は言葉を続けた。

「結局オレ、名前さんの事なんにも知らないんですよ。まぁ、あんまり人に興味って無いし、特別名前さんにあるわけでも無いんですけど。外、雨で山登れないじゃないですか。ヒマなんで、そういえば聞いてみようかなーってなんとなく思い出して、来たんです」


・・・はぁ。

−−−ああ、なんかもう・・・どうでも良くなってきた。ゴメンお兄ちゃん、無理かも、コイツ。私はうんざりと、肩を落とす。

礼儀とか、上下関係とか、たぶんコイツには通用しないのだ。仮にも勉強を教えてくれる人に対して、雨で山が登れないからだの、興味無いけどヒマだから来ただの、不思議ちゃんだなんて言葉で片付けて良いのだろうか。

私は心の中で、いま部活中であろう兄へ白旗を降る。申し訳ないしなんだか悔しいけれど、コイツは勉強以前の問題だ。


「・・・何が知りたいの。」
私はもう投げやりになって。机に頬杖をついて真波に尋ねる。隣に座った彼がは「わーい」と言って嬉しそうに体ごとこちらに向けた。

「名前さんって、自転車部のマネージャーなんですかあ?」

ああ、そういえば昨日もそんな事言ってたっけ・・・。

「別に、自転車部のマネージャーとかじゃないよ。ただ今回は、兄に頼まれて勉強をみることになっただけ」

それももう、今日で終わりにするけどね。
お兄ちゃんの為、自分の意地の為、なんて黒田には言ったけど。肝心の教わる側がこんなんじゃ、貴重な放課後を割いてやるのにも限界がある。
追試だの、大会謹慎だの、どうぞ勝手にやってくださいな。アンタの役に立ちたいなんて、ちっとも思えない。

「ふーん。じゃあ名前さんって、頭イイんですねえ。部活は何もやってないの?帰宅部なんですか?」

その質問に、えっ、と思わず声が漏れてしまった。
・・・そうか。コイツ一年生だから、私が怪我して部活を辞めた事なんて知らないんだ。
そりゃそうか・・・。だけど、学校中の人が自分の事を知って後ろ指さして噂をしているような気になっていた私にとって、それは新鮮で。そして自分の自惚れにも気付いて、すこし恥ずかしくなる。

「そっかあー。名前さん、何かスポーツやってるのかなって思った。なんか、きりっとしてるし」
「…やってたよ、昔は。でも、辞めたの」
「何で辞めたんですか?」

随分とズケズケ踏み込んで来る。天然恐るべし。
私も私で、もう真波の先生役を降りるのならば質問になんて答えず適当に切り上げて帰れば良いのに。
どうしてだか真波のペースに巻き込まれて、次々と質問に答えしまう。
どうしてだろう。福富主将の妹としてじゃなく接してもらうのが心地良いのだろうか。怪我して可哀想な子としてじゃなく会話してもらえる事が嬉しいのだろうか。分からない。だけど確かなのは、真波はのんびりして見えて、気付けば有無を言わせず彼の雰囲気に飲み込まれてる所がある。…なんだか、不思議な男の子だ。

「・・・怪我、だよ」

だから気付いたら、そんな事まで私は答えてしまっていた。







もくじへ