「もう、8月も終わりかあ〜。」
誰もいない夜の部室で、わたしはカレンダーを見てため息混じりに呟いた。
インハイが終わって、もうすぐ1ヶ月ってコトか。
終わってすぐはまるでお通夜みたいな空気だった部内も、少しずつだけど前に進んで来た。
大会直後に山岳への不満をちらほら漏らしてた部員だって、今はすっかり大人しくなった。
ああいう人たちってホント、自分の事は棚にあげて言うんだよねぇ・・・才能ある人って妬まれるから、山岳も大変だ。
山岳への文句を私にぶつけて来る人もいたけど、大変くだらないので私は無視。オール無視、だ。
とにかくこの頃は、そういう連中も真面目に練習に打ち込むようになって・・・新チームに向かって、少しずつ動き出してる感じ。
来月には、今までずっと断っていた熊本のレースに今年はフルメンバーで出場するらしく、先輩達の走りがまた見れるという事でチームは盛り上がっていた。
「ただ、ひとりを除いてはね・・・。」
私はまた、そんなひとりごとを呟いた。いかんいかん、最近どうもひとりごとが多い・・・たぶん、山岳としゃべってない反動かも。
そうなのだ。
山岳だけが、やっぱりまだ落ち込んだ様子で・・・相変わらず、私とだってロクに話もしない。
はじめは、インハイのショックかなって思ってたけど・・・なんとなくだけどアイツ、私の事さけてないか・・・?!
まぁ、メールや電話が返って来ないのは元々だけどさ。
前みたいに寮まで迎えに来たり、部活後に一緒に帰る事もほとんど無くなった。
二人乗りして帰ったのが、ずいぶん昔の事に感じる・・・前に付けられたキスマークだってもう、見る影もない(まぁそれは、消えて良かったのだけど)。
・・・私のことほったらかすのは、別にかまわないよ。それの弊害は、私のひとりごとが増えるくらいで。あとちょっと、正直さみしいけど・・・でも、山岳だって一応人間なんだから、落ち込んでひとりになりたい時だってあると思うし。
でも・・・自転車に乗るとき、いつまでも苦しそうにしてるのだけは、見ていられないよ。
ロードが楽しいって、坂が好きって・・・今の山岳からは、ちっとも感じられない。
それだけが私は、心配なんだよ。
−−−ガチャリ、
部室の扉が開く音がして、私はそれを見なくたって誰が入って来るのかわかった。今日も今日とて、こんな遅くまでひとりで居残ってるのはたったひとり、彼しか居ないはずだから。
「あれ・・・名前さん。残ってたんですか」
「・・・うん。仕事、溜まってたからね」
−−−ホントはもう、やる事なんかとっくに終わってカレンダー眺めて独り言いってたくらいなんだけど。
私は山岳になるべく気を遣わせないよう、そう答えた。
「・・・そっか。おつかれさまでした。・・・えっと、それじゃあ、オレ着替えなくちゃいけないから・・・先、帰っててください。おつかれさまでした、」
「さ、山岳。一緒に帰ろうよ」
「・・・でも」
「待ってるから、ね?」
すこし強引にそう約束を取り付けると、どうしてだか山岳は瞳を揺らした。
そして、まるで何かを決意したみたいに小さく頷いてから、「わかりました。じゃあ、すこし待っててください」と言った。
・・・さけられてる、やっぱり。
前までなら、私が先に帰るって言ったって「えー、一緒に帰ろうよ!おくっていくからさ」なんて言うはずだもん。
−−−今の山岳を、ほっといちゃいけない気がして。そう思って実は、今日はわざと待っていたのだった。
別に、アドバイスなんかしたいわけじゃない。山岳が話したくないなら、無理に聞き出すつもりもない。ただ・・・辛いとき、一人でいて良い事なんて無いはずだ。
こんなとき・・・マネージャーになったのは自分の為だけじゃなくて、山岳の為にもなるのかなって思える。
恋人としてだけじゃなくて、選手としても彼を支える事ができるから。
ただ、側にいてあげたい。
・・・私が辛かった時、助けてくれたのは山岳だったから。