- ナノ -

花火大会 3


水飲み場に着いたオレは、水道の蛇口を思い切り捻って頭から水をかぶった。

カラカラだった・・・喉も、心も。


−−−オレが負けたら、名前さんがあんな風に言われるんだ。

そういえばインハイ前に、名前さんが心配してた事があったっけ・・・そういう事が、オレのプレッシャーになるんじゃないか、って。
あの時は、そんな事ないって思った。心から。
前からオレに色んな事言う人はたくさんいたけど、そんなのちっとも気にならなかった。
でも、今は・・・迷路の中にいるせいかな。心がくしゃりと潰れて、息も吸いにくい。

キュ、と蛇口を捻って水を止める。
俯いたままのオレの髪から、水道の排水口へぽたぽたと無数の水滴が流れた。




・・・さっきの名前さん、途中からなにも言い返して無かった。
オレのこと、もう呆れちゃったかな。

オレはレースにも負けたけど、もしかしたら彼女も失ってしまうのかもしれない。

だって、オレの走りが好きだっと言ってくれたあの人の目の前で、あんなに無様な走りをした。・・・きっと、幻滅しただろう。
その証拠に、この頃の名前さんは怒ったような辛そうな顔か、悲しそうに何かを考えている表情ばっかりだ。
そりゃ、そうだ・・・彼氏はボロ負けして、大切なお兄さんやその仲間にはなむけもできなくて。オレのせいで自分まで悪く言われちゃってるんだもの。

オレが勝てば、名前さんは笑ってくれる。
そしたらオレは、もっともっと速くなれる。−−−そう、思ってた。その逆もあるなんて・・・夢にも思わずに。



・・・もっともっと笑顔にするって・・・だから付き合ってほしいって、告白したのになぁ。

ぜんぜんダメじゃん、オレ。




それに比べて、さっきの荒北さん・・・かっこよかったなぁ。

自分の大切な人が、あんな風に言われているとき・・・飛び出して行って、守ってあげられなくて何が"彼氏"だろうか。

あの時・・・身体が、動かなかった。
勿論、名前さんのせいで負けただなんて、そんな事はこれっぽっちも思ってない。だけどあの先輩がオレに関して言ってた事は、全部じゃないけど「そうだよなぁ」って思う所もあったから。

・・・そういえば荒北さんって、前にも助けてくれたっけ。再追試の交渉のとき。
もしかしたら名前さんの事、好きだったりして。
・・・うん。良いのかもなぁ、それでも。
荒北さんならきっと、いつだって名前さんの事守ってくれる。もっと、笑顔にだって・・・−−−そこまで考えて、オレはハッとする。

大好きで大切なものは、絶対に誰にも譲りたくないのがオレだ。

なのに・・・今、オレ。何・・・、考えてた?




水飲み場に俯いたままのオレの背中を、真夏の太陽がじりじりと照らしつけた。

この日差しがある限り、オレはあのレースを思い出さずにはいられない。
夏をこんなに長いと思ったのは、ロードに出会ってから初めての事だった。

季節が変われば・・・もしかしたらこの迷路から、抜け出せるんだろうか・・・。





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