- ナノ -

花火大会 2




インターハイが終わってから、数週間が経った。

それはオレにとってあっという間のようで、毎日長くて果てし無くもあった。
あれから、あのゴールの瞬間を何度も何度も夢に見た。


3年生の先輩が積み上げてきたものを、オレがぶち壊しちゃったのかな。
もしあの時、−−−オレが坂道くんに出会ったあの日、彼を助けなかったら?ボトルを渡して、インハイで会おうなんて約束をしなかったら、彼はやって来る事はなかったのかな。
福富さんの言うように、ギアを8段までにしておけば、ゴール前でもっと踏めたのかな。
東堂さんや名前さんが言ったように、自由に、楽しく、走れていなかったんだろうか・・・

ぐるぐるぐる、寝ても覚めてもそんな事ばかり繰り返し考えて・・・けれど、答えはみつからない。
まるで、ゲームの世界のながーいダンジョンに迷い込んだみたいだ。
オレは出口を求めて、毎日ただひたすらに自転車に乗った。



夏休みも後半に差し掛かった、8月の半ば。
今日の部活は、午後から自主練という事だった。メニューを早目に切り上げて身体の調整に当てる人もいるみたいだけど、オレはもちろん今日も限界まで走るつもりだった。

校外のコースを走ったオレは、ボトルの給水のために一旦校舎へ向かおうとしていた。・・・今日もあっついなぁ。ついでに部室にも寄って、タオルで汗も拭こうかな。
相棒のルックを押して、この建物を曲がれば部室がある曲がり角に差し掛かった・・・その時。
不意に角の向こう側から名前さんの声が聞こえた。誰かと話しているみたいだった。
オレは思わず、その歩みを止めてしまう。

インハイが終わってからオレはなんとなく、名前さんを・・・ちょっとだけ、さけてしまっている。なんていうか・・・あんな結果になっちゃって、合わせる顔が無いんだもの。
この間の練習後にしゃべったのが、大会後はじめてって位で。(あの時もやっぱり、名前さんは悲しそうなカオしてたしなぁ。)

・・・ま、いっか。ボトルの給水だけなら、その辺の水飲み場でもできるし。タオルで汗拭いたってどうせまたすぐに出てくるし、部室に寄るのはよそうかな。

そう思ったオレが引き返そうと、ルックを引き戻した時・・・向こう側から「真波」って聞こえてきて。
・・・え?
オレの話してるの・・・?



「真波が負けたの、名前のせいじゃねぇの?」



−−−聞こえて来た言葉に一瞬、心臓が跳ね上がる。

曲がり角の向こう側だから、お互いに姿は見えないけど・・・この声はたぶん、2年のセンパイだ。クライマーで・・・だけど確か、レギュラーを決めるレースで黒田さんに負けちゃった人。

ゴクリ、とオレは唾を飲み込んだ。


「何言ってんのよアンタ、さっきから。しゃべってないで自主練に戻りなよ」
「なんでメニュー考えてる奴と付き合って負けんの?ヒイキで強くなるんじゃねぇの、普通。彼氏も勝たせらんない名前のメニューなんてオレ、信用できねぇわ。」
「・・・・。」
「ってか真波も真波だろ、オレ、あいつがレギュラーなんて最初っからどうかと思ってたわ。黒田の方が経験も実践もあるのに、たまたまの神風でアイツがレギュラーなんてよ・・・遅刻とサボりばっかで、敬語もロクに使えねぇし。それで勝つならまだしも負けやがって、3年のセンパイ達が不憫でしょうがねぇ」

「ハッ、そーゆーのはまずテメーがインハイ走ってから言え、このバァカ!!」


その時・・・
乱暴な足音が聞こえてきて、どうやらあちら側には荒北さんが現れたみたいだった。


「うぇっ?!あ、アラキタさん・・・っ?!ちょ、ち、違くてこれはっ」
「ベラベラと大した分析力だなテメェは。そーゆー事チャリンコにぶつけたら、ちっとはタイムもマシかもネェ?ハッ、テメェのやってっ事は主将批判だ!真波選んだのも、ゴール前で出したのも名前チャンをマネにしたのも、全部福チャンが決めたコトだ、そうだよなァ?」
「い、いや、べつにボクはそんなつもりじゃ」
「アァ?!じゃあ何だよ?!名前や真波のせいで負けたんならヨォ、インハイ出てもいねェお前は何だ?何の貢献もしねェでよくそんなデッケェ顔してやがるぜ、ったく」
「ちょ、ちょっと靖友さんっ」
「・・・真波はなぁ、アイツなりにマジで走ったんだよ、コソコソ陰でマネージャーいびってる傍観者のテメェにはワカんネェよ!3年生が不憫だぁ?オレ達の3年間をテメーなんかの物差しで計ってンじゃねぇよ!!」





−−−荒北さん・・・。

レースの後、オレには「負けてンじゃネェよ、バァカ!」「ジャージの重みがわかってねぇからだよ、ヘラヘラ走りやがって」って・・・言ってたのに。
影では、こんな風に言ってくれるのか・・・。

オレはそこまで聞いて、そっとその場を後にした。





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