- ナノ -

キミらしいということ 3


そうして迎えた最終日・・・
私はレースの途中、リタイアした靖友さんや泉田のいるテントに寄りながら、今は最後のゴールの前で選手を待っていた。

−−−まさか山岳が、最終ゴール争いまで食い込むだなんて・・・
昨日までは、思いもしなかった。
しかも先ほどのアナウンスでは、あの"坂道くん"と争っているという。

インターハイ最終日、最後のゴール。
その頂点を競い合っているのが、まさか二人とも1年生で。しかもその一人が、山岳だなんて。一体誰が想像しただろうか?


「見えたぞ、真波だ!」

ゴールのすぐ横で一緒に見ていたウチの部員の誰かがそう叫んだ。
視界に飛び込んで来たのは・・・こんな姿は見たこと無いってくらい、鬼気迫る全開のペダリングだった。坂道くんとは、ほぼ横並びに見えた。凄い、山岳。でも、坂道くんもすごい。
あと数十秒でゴール、勝敗が決する。ロードレースは無慈悲で、栄冠はどちらかひとりにしか輝かない・・・それが、コンマ数秒の差だって。

「ああっ、見てらんねぇ」

部員のひとりがそう叫んで、両手で顔を覆った。

私は・・・−−−目が、離せなかった。
山岳のこんな走り、初めて見たから。
彼はいつも、登りになればすごく楽しそうに走るし、ゴールが近付けば本人曰く生を実感する程の喜びに溢れて、怖いくらいの集中をみせる。
でも、今の山岳は・・・まるでその全てを超えたかのような・・・
楽しさの先、集中の限界。私は見ているだけで、手指が痺れるようだった。
初めて山岳の走りを見たときみたいに心が震えて、目から涙が溢れた。


二台のロードバイクはぐんぐんとゴールへと近づいて来て・・・長かったインターハイは、たったの一瞬で決着が決まった。




天を仰ぐように両手を掲げたのは・・・−−−坂道くんだった。



ゴールラインを超えて少ししてから、各校の部員たちがそれぞれの選手に駆け寄って行く。
レース中のサポートは私の役割では無い為、今まではゴール直後の選手の元へ行く事は無かった。
でも今日は、駆け出さずにはいられなかった。

私は、さっきから涙が止まらなくて。

負けた事が悔しいんじゃない。
ボロボロの山岳の姿をみて悲しいのでもない。

すごくすごく、感動していて。
この気持ちをすぐにでも彼に伝えたかったのだ。そうして気がつけば、他のサポートメンバーと同じように沿道とコースを隔てるパネルを飛び越えて、山岳の元へと走っていた。


すごかったね!って・・・
おつかれさま、って言ってあげたい。今すぐ。

今日わたしが見れた山岳の走りは、ほんの一部にすぎない。きっとこれまで、ものすごい戦いを超えて来たんだろう。だから思いっきり、ねぎらってあげたくて。

私の言葉にきっと彼は、笑顔を見せてくれるはずだ。
今までの他のレースであっても、山岳はそうだったから。
ヒルクライムの天才である彼は、多くのレースで勝ち、けれど負ける事もあった。
勝ったレースが楽しそうなのは勿論、たとえ負けてしまっても、彼にとって"本気の勝負"ができたのであれば「名前さん、オレ負けちゃいました。でも、気持ちよかったあ」なんて言って、悔しがりながらも満足そうにキラキラしてた。
山岳は、本当に好きなんだ・・・自転車と、そして山が。

さっきみたいな勝負なら、きっと尚更だよね・・・出し尽くして、気持ち良くって、しょうがないだろうな。


「山岳っ、おつかれさま!」


フラフラと自転車を降りた山岳の肩を、私はポンと叩いて興奮ぎみにそう声をかけた。

山岳は、ゆっくりと顔を上げて私を見た・・・その表情は、思い描いていたものとまるで違っていて、私は思わず息を飲んだ。





「オレ・・・勝てませんでした・・・」




山岳はまるで、暗黒に放り出されたかのような表情でたったひとこと、消え入るようにそう呟いた。






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