- ナノ -

キミらしいということ 2


「インハイ前に、福富さんと二人で走った事があったんですけど。」


そう切り出した山岳は、いつものように飄々としながらも、その場面を思い返すような真剣な瞳で話した。意外にも、それは真面目な話のようだった。


「そのとき福富さんに、ギアは8段までしか上げちゃダメだーって言われたんです。脚への負担がどうの、って。でも東堂さんには、自由に走れって言われました。・・・名前さんは、どう思いますか?」
「どう、って言われても・・・。うーん、お兄ちゃんの言う事は確かなんじゃないかな。ロードレースの事も山岳のことも、冷静に見て考えて、いつだって最善の答えを出してるはずだよ。・・・尽八さんの言う事も、わからなくはないけど。山岳は自由に走ってるときが、タイムも一番良いのは確かだし・・・。」
「もー、そうじゃなくて。名前さんは、どう思うの?キミの意見を聞かせてよ。」
「え、私の・・・?いや、私は戦術とか選手の心理的なものとかは、まだ勉強が足りなくてわからないよ。今の私の専門は、トレーニングの事しか・・・」
「けど、オレの事ならわかるよね?」
「・・・つまりマネージャーとしてじゃなくて、個人としての意見で良いってこと?」
「うん、そうそう!」
「うーん・・・っていうか、そんなの言ったところで、山岳が言う通りにするとは思えないんだけど・・・」
「あはは、そうかも。でも、名前さんに聞いてみたくなったんだ」




・・・私の意見、かぁ。

確かに私は、一選手として山岳の走りがすごく好きだ。多分、恋愛感情を差し引いても。
初めてあの走りを見たとき、感動で胸がいっぱいになった事・・・いつまでも、忘れられない。
あれから何度も山岳と走ったし、今はマネージャーとしてより近くで見る機会も多くなった。
しかし何度見ても、その魅力が色褪せる事は無い。

山岳の走りで、私が好きなところ・・・それはなんといっても、楽しそうなところ。それに尽きると思う。

彼の走りを見ると、なんとなく自由になったような気持ちにもなった。
陳腐な比喩になるけれど、登りでの山岳は夕空をどこまでも飛んでいく鳥のように見えた。ぐんぐんと速度を増して、力強く自分の翼で飛んでいく感じ。

きっと山岳の走りは見ているだけで、たくさんの人の心に何かを灯すと思う。それは時として勝ち負けに関係無く。
・・・大げさかな?
でも、少なくとも私はそうだったんだもの。彼の走りに救われて、私は今ここにいる。




「・・・楽しんで、走ってほしい。」


それは言葉にしてみると、ものすごく簡単だ。
どこまで伝わったのか、わからないけど・・・それでも山岳は、真っ直ぐな瞳で私を見て「りょーかい!」と言って笑った。


「じゃ、オレもどります。名前さん、きいてくれてありがとー」
「えっ・・・それだけ?」
「へ?うん。明日、最終日もサポートよろしくね、マネージャーさん!」


そう言って山岳は、ひらひらと手を振ってエレベーターの方へと歩いて行った。
どうせ下心でここに来たんだって、ひとりで思い込んでた自分がなんだか恥ずかしくなる。

昨日のキスマークの一件は確かに腹が立つのだけど、でも今思えば密室で二人っきりになったのに、それ以上の事はして来なかった。
今だって、本当にレースに関する相談だけして戻って行った。(っていうか、私のあんな回答がなにかの役に立つのだろうか...)

前に靖友さんが山岳の事、インハイに出るって意味がわかってない、ジャージの重みがわかってない、って言ってた。
確かにその辺りは、3年生に比べたら山岳は足りていないのかもしれない。
でも、彼なりに集中している・・・、ものすごく。

・・・他校のナンパ男と一緒だとか思って、ゴメン。
いつもはやりたい放題の快楽主義なクセして、こういうケジメはちゃんとしてるんだなんて、見直した。
そういうトコ、かっこいいな・・・って、本人に言ったらゼッタイ調子に乗るから、言わないけど。

さて・・・私も部屋に戻って、データの整理をしよう。
明日はいよいよ最終日、泣いても笑っても今年度の王者が決まるんだ。
ただ・・・隼人さんが昨日言ってた、「色んな事が起こる」という言葉の意味だけがずっと、私の中で引っかかってる。

だって、何が起きるっていうの?
まさか、箱学の優勝は揺るぎないと思うし・・・。
いくら御堂筋がダークホースだって、総北が粘り強くたって、ウチが負けるはずは無いんだもん。
そのゴールまでに起こるドラマの事を言っているのかな?

私は箱学の勝利を、1ミリも疑っていなかった。






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