- ナノ -

キミらしいということ



「・・・ん?名前、お前どうしたんだ。その首の絆創膏は。」


インターハイ2日目の朝。
ホテルの朝食会場で朝御飯をいただこうとした時、向かいに座ったお兄ちゃんが案の定、昨日までは貼られていなかった私の首すじの絆創膏に気が付いた。

・・・勿論、山岳にシッカリと付けられたキスマークを隠すためで。(後から鏡で見たら、痛々しいくらいの紅いアトがくっきりバッチリ印されてた)(信じられないアイツ、マジで!!)
そのまま人前に出るわけにもいかない、という訳で絆創膏の力を借りたのだった。

「お、お兄ちゃん。その・・・実は昨日、虫に刺されちゃって!掻いちゃわないように、絆創膏貼ったんだよね〜」
「そうか。今日も山の中のコースだからな、虫よけはしっかりしておけよ。」

あらかじめ用意していた言い訳をドキドキしながら言うと、お兄ちゃんはあっさりと信じてくれた。・・・ハァ、なんて罪悪感だ・・・。


「おはよ。昨日、オレが名前さんにあげた虫よけのお守りがあるでしょ?アレ付けなよ、多分けっこー効くから。」

どこからかひょっこりと現れた山岳が、朝食の乗ったトレーを持って、私の隣の席に腰をおろした。
私は昨日の事を思い出して、思わずドキリと胸をつまらせたのだけど、山岳は何食わぬ顔で朝ごはんを食べはじめた。・・・わ、わたしばっかり意識してる・・・。
しかも、何が"オレがあげた虫よけのお守り"よ、何が!誰のせいでこんな事になってると思ってんのよ・・・?!

でも、今ここで言い返せばお兄ちゃんや周りの部員に昨日の事がバレてしまう。
私は精一杯のつくり笑顔で、山岳に「そうだね、ありがとう」と返した。・・・このやろ、あとで覚えてなさいよ。



「虫よけのお守り?何だい、それは。虫よけブレスレットみたいなものかい?ダメダメ、そんなのじゃ。名前さん、もし良かったらボクの虫よけスプレーを使うと良い。痒みは筋肉の大敵だからね、絶対に刺されない為に愛用しているのさ。」

わけのわかっていない泉田が突然会話に乱入してきて、なんとなく話が逸れてその場はどうにか収束した。
なぜだか、オススメの虫よけスプレーを貸してもらうという約束までして。
そうだ、そのスプレーをいっそ山岳のヤツに吹きかけてやったら良いのかもしれない。まったくもう!





そんなこんなで朝はどうなる事かと思ったけど、無事にインハイ2日目も終わった。
会場で今日も何度か他校生に声をかけられそうになったけど、その度に私は山岳の虫よけ・・・もとい、お守りの存在を思い出して背筋を凍らせた。
たとえ連絡先を交換せず断っただけでも、側から見たら会話してるようには見えるんだ、と思い声をかけられる度に無言で走り去った。多分、変な女だと思われてるだろうな・・・。

夕食や夜のミーティングもおわり、私は部屋で今日の資料をまとめていた。
昨日の警戒通り、やはり2日目も京都伏見の御堂筋はどのリザルトにも食い込んで来た。
最終ゴールはお兄ちゃんが取ったものの、スプリントも山岳リザルトも御堂筋に取られて、手放しでは喜べない結果となってしまった。

そのとき・・・
ピンポン、と部屋のチャイムが鳴った。
誰だろう?

はあい、と返事をして、扉へ向かう。
ドアを開ける前に一応、のぞき穴から向こう側を確認する。・・・すると、そこには山岳の姿があった。

アイツ、昨日だって散々怒ったのに、今日も来たわけ?!また無理くり部屋に入って来たらどうしよう。
昨日の事は、部の誰にも気付かれてないっぽいけど・・・今日だってそうとは、限らない。

第一、大切なインターハイの最中だっていうのに。
他校のナンパ男たちの事言えないくらい、緊張感に欠けるんじゃないの、どこまで自由なのよ。


私は扉のチェーンをしっかりと閉めてから、ドアを数センチだけ開けた。

「何。なんの用よ。」
「うわぁ、警戒されてるなぁ・・・。」
「そりゃ、そうでしょ!どの口が言ってんのよ。っていうか今朝のアレは何?!」
「あー、ストップストップ!その事はちょっと置いといて。オレ、名前さんに聞きたい事があって来たんだよ。」

なにが、その事は置いといて、だ。私が言うならまだしも・・・

「アンタまたそう言って、部屋に入るつもりなんじゃないの?!」
「いや、今日はやめとくよ。ねぇ、出てきて廊下で話さない?」

私は数秒、山岳の表情を伺うように見つめる。
このままドアを閉めたって良いのかもしれないけど・・・うーん、でも、もしかしたら何か真剣な話なのかもしれないしなぁ。

私はものすごく警戒しながらドアを開けて、廊下に出た。
けれど本人の言葉通り、山岳は昨日のように部屋の中へは入ろうとする気配は無くて、私に「ありがとう」とだけ言った。私たちはホテルの廊下で、向かい合うようにして立った。

「・・・何、聞きたい事って?ロビーの椅子で話す?」
「ううん、すぐ終わるから。」

ここで話すの?・・・まぁ、少しくらいなら他の宿泊客の迷惑にもならないかな?

迷惑の心配もそうだけど、私は山岳の身体だって心配で。
3日間のインハイの、2日目の夜。おそらく身体の疲れは、今日がピークだろう。
明日は最終日だから、箱学としては1年生の山岳がリザルトに関わるような事は無いとは思う。役目を果たしたら、戦線離脱だってありえるのかもしれない。
けれど、最後のゴールは登りの先にあるのだからアシストとしては重要な役割になって来るはず。
今夜はすこしでも体力を回復させるべきだ。・・・どうか、怪我だけはしないでほしい。

「わかった。でも、疲れも溜まってるだろうから、手短にね。」






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