- ナノ -

お守りを渡そうと思って、3


私と選手たちが宿泊する部屋はフロアーが違うため、隼人さんとはエレベーターで別れて私は自分の部屋へと向かった。
唯一の女子部員という事で、私だけが個室をあてがわれている。それはありがたいし、仕方のない事だとは思うけど・・・いいのかなあ、と申し訳ない気持ちだった。
そういう事のひとつひとつが「だからこそ、結果を出さなくては」と、知らずの内に私のプレッシャーになっていたのかもしれない。・・・隼人さんにアドバイスをもらえたのは、本当に有り難かった。

エレベーターを降りて廊下を歩いていると、向こう側に人影を見つける。・・・誰だろう、もしかしてあれって私の部屋の前・・・?
・・・なんとそれは、山岳だった。私の部屋のドアに、もたれるように立っていた。

「あ、名前さん。おかえり〜」
「ど、どうしたの?何かあった?」

私が慌てて駆け寄ってそう尋ねると、彼は嬉しそうに笑って「今日、ぜんぜん話せなかったから」と言った。
・・・それで、わざわざ来てくれたのかな。かなり疲れてるはずなのに・・・。

朝からぜんぜん話せなかったのは、アンタが遅刻したからでしょ!というツッコミよりも先に、「ありがとう」と思わず笑顔で言ってしまう私は、もうすっかり山岳に夢中な恋する乙女なんだ、と・・・悔しいけれど痛感する。


「さっきのミーティングは他の人もいたし、名前さんの部屋の前で待ってたら会えるかな〜って。」
「そっか・・・ねぇ、山岳。疲れてるでしょ?立ち話もなんだから、ロビーで座って話さない?ちょっと待ってて、部屋に荷物だけ置いて来るから」

まさか男子をこの部屋に入れるわけにはいかないけど、ロビーで話すくらいなら問題無いだろう。
私はジャージのポケットからルームキーを取り出して、両手に抱えたノートやらプリントやらを一度部屋に置こうとドアを開けた。
すると、扉の隙間へ私よりも先に山岳がするりと入って行った。え?!ちょ、ちょっと?!声を挙げるタイミングも無い程、山岳は軽やかな身のこなしで室内へ入り、そしてそれを追いかける私を待ってから、ドアはパタリと閉まった。

「な、なに中に入ってんの?!」
「へー。一人部屋って、こんな感じなんですねー。」

こんな呑気な男が、さっきのまるで忍者か怪盗かってくらいの鮮やかな潜入動作をしたなんて信じられないけど・・・身体能力は流石、1年生で箱学自転車部のレギュラーになるだけはある。・・・って、感心してる場合じゃないっての!!

「バカ、早く出なさいよ!こんなの誰かに見られたら、大変な事になるってば!」
「名前さん今日、色んな人に声かけられてましたよね?」

グイグイ、と山岳の背中を扉の方へ押してそう言うと、彼が急に声のトーンを落としてそう切り出した。

「・・・え?」
「スタートの前。それから、レースの後。他校の部員かな?あれ・・・ナンパですか?オレが見ただけでもあれだけ声かけられてるなら、見ていないときも合わせたらもっとだよね?」

お・・・怒ってる、のかな・・・?
なんだか山岳が怖い。私はすっかり彼を追い出す事も忘れて、すこし緊張しながら「物珍しいだけじゃない?箱学の女子マネなんて」と答えると、山岳は意外にもにこにことした笑顔で振り返った。
よかった、怒ってるわけじゃないんだ。


「オレ、名前さんにお守りを渡そうと思って、部屋に入ったんだ」


・・・へ、おまもり?
そんなの普通、逆じゃないの?マネージャーが選手にお守りを渡すというのなら、話はわかるけど・・・

私がぱちくりと瞬きをしていると、山岳の瞳に突如スッと光が差した・・・と思った瞬間、山岳は部屋の壁に音が鳴るくらい力強く手をついて、私に覆い被さるようにして迫った。

「え・・・っと、山岳?なに、どうし」
「・・・お守り、」

どうしたの、という私の言葉を聞き終わらない内に、山岳はそう言ってカプリと私の首すじに噛り付いた。

「えっ?!ちょっ・・・さ、さんがく?!」

ちゅ・・・っ、と音を立てて、彼は痛いくらいのキスを首すじに続けた。
こんなトコで、こんなコトして・・・良いわけ無い。わかってるのに、心臓はドクドクとうるさいくらいに鳴るし、唇からは吐息のような甘い声が漏れてしまう。


「ふふ。はい、お守り」


やっと唇を離した山岳は、それでもまだ壁に両手をついて私を捉えたまま、至近距離でそう言った。
まさか、これって・・・、き、キスマーク・・・?!


「ちょ、ちょっと!何してんのよ、首のこんな目立つ所にっ・・・明日だって暑いんだから、Tシャツ着るし、髪の毛だってまとめるつもりだったのにっ・・・」
「え?だから、目立つところに付けたんだよ。他の男から、名前さんを守るためだから」
「なるほど、だから"お守り"かぁ・・・って、バカ!!」

頭に血がのぼった私はめいっぱいの力で、グイと山岳の身体を押しのけた。
バカバカ、ほんとバカ!!
お守りっていうか、これはつまり虫よけだ。

「もー、怒んないでよ名前さん!オレ、心配なんだよ。名前さんってカワイイから」
「うるさい、早く出てけ!このケダモノ!」
「ひどいなぁ。・・・あ、名前さん」
「何よ!?」
「・・・まさかとは思うけど。ナンパの人に連絡先、渡してないよね?」

ニッコリ、と得意の王子様スマイルでそう聞いてくる。それは、今日も沿道の女の子達がキャーキャー言うのもわかる程の、完璧な笑顔で。ハイハイ、今日もかっこいいですとも。
・・・でも、私にはわかる。こいつ多分、いま心の中では笑ってないな・・・。

何者にもとらわれない自由奔放な彼が、私にここまで執着している・・・それはとっても、嬉しいのだけど。やきもちなんだと思ったら、それもすっごくカワイイのだけど。

でも・・・さっき隼人さんに頭を撫でられた事は、言わないでおこう。
私は心中密かに、そう誓ったのだった。





もくじへ