- ナノ -

お守りを渡そうと思って、2


開会式まではどうなる事かと思ったけれど、始まってしまえばあっという間で・・・手に汗握って応援しているうちに、インターハイの1日目が終わった。それはまだ初日だというのに、どのリザルトもものすごい戦いの連続だった。
お兄ちゃんが前に「インターハイは特別なレースなんだ」って言ってた意味が、すこしだけどわかるような気がした。

夜には、ホテルの一室にレギュラーメンバーが集まって、お兄ちゃんを中心にミーティングをした。そこで、今日の振り返りと明日の対策をした。
私も一応、参加させてもらったけど・・・レースに関しては口を挟める事は何もなくて、なんとなく居心地が悪かった。


「おう、名前。おつかれ。」

ミーティングが終わった後、隼人さんが私の方へ来て声をかけてくれた。

「新開さん、初日おつかれさまでした。」
「いやいや、オレは今日たいした事はしていないさ。それより・・・おめさん、何か気掛かりな事でもあるのかい?ミーティング中、なんだか浮かない顔してただろ。」
「・・・隼人さんが自分を"たいした事してない"って言うなら、私はどうなっちゃうんですか。・・・私、今日なんにもしてないですもん。」
「・・・まぁ、おめさんは入部したばかりだもんなぁ。そうでなくたって、名前の仕事はレースが始まる前までの、トレーニングメニューづくりがメインだろう?」
「・・・はい。自転車部は部員数も多いから、レース中のサポートは全部、部員たちで手が足りちゃいますしね。自分の役割はそこじゃないっていうのも、わかってるつもりなんですけど・・・でも、みんながこんなに頑張ってるのに・・・なんか、焦ります。」
「まっすぐだなあ、名前は。大丈夫さ、そんなに気負いすぎるなよ。寿一がインハイ前におめさんを入部させたのは、どっちかってーと来年のためだよ」
「来年、ですか?」
「ああ。いくら寿一でも、入部直後のマネージャーに、そこまで結果は求めないさ。インハイを体験しないで次のインハイを目指すより一度、生で見ておいた方が良いだろ。だから、そんなに肩に力を入れなくて大丈夫だよ」

そう言うと、隼人さんはぽんっと私の頭を撫でてくれた。・・・おおきな手のひらに触れられると、なんだか安心する。張り詰めていた糸が、ふんわりと柔らかくなる感じがした。

「名前。・・・このインターハイ、きっと色んな事が起きるぞ。しっかりとその目で見て、来年に繋いでくれよ。」

色んな事・・・?ああ、確かに今日の最後・・・3人同着ゴール、あれはすごかった。あんな事が起こるなんて。
お兄ちゃんと、総北と、それから・・・京都伏見の1年生。あれで1年生か・・・。ってことは、来年も出て来るって事だ。

「・・・御堂筋、でしたっけ。確かに彼は要注意ですけど、でもチームの総合力ではウチが上ですよ。京都伏見だけじゃないです。個々の力は、出場チームのどこと比べたって箱学が群を抜いてます。だから、最終日の総合優勝も揺るぎないと思います」
「そうだな、ウチは強い。おめさんの兄ちゃんが作り上げた、最強のチームだよ。・・・けど自転車レースってのは、それだけで勝ち負けが決まるわけじゃないからな。」

その隼人さんの話は一見シンプルなようで、でも実はすごく奥が深い。
・・・今の私にはちょっと、むずかしくて理解しきれない部分があった。

私が眉をしかめていると、隼人さんが「そろそろ部屋に戻ろうか」と言った。


「・・・おめさんはホント、寿一の妹って感じだよなあ」
「え、そうですか?あんまり似てるって言われないですけど・・・」
「まぁ、顔は似てないけどな。でも名前と話してると、時々寿一と話してるような気になるぞ。オレも弟いるけど、あいつとオレは全然似てないからなあ」
「え、隼人さん弟いるんでしたっけ?」

それからはふたりで家族の話なんかをしながら、それぞれの部屋へとむかった。
私は、さっきまでの張り詰めたような気持ちがすっかり消えていなくなったのを感じた。
・・・隼人さん、すごいなあ。自分だって大事なインハイの最中なのに、私なんかにまで気を配ってくれるなんて・・・。

私がここにいるのは、来年のため・・・か。
来年のインターハイには、隼人さんやお兄ちゃん達・・・今の3年生は、いないんだ。
隼人さんがしてくれたように、後輩の誰かが悩んでいるとき、今度は私たち今の2年生が声をかけてあげなくちゃいけない。・・・私にそんなこと、できるんだろうか。隣を歩く隼人さんが、すごく大きく、偉大な存在におもえた。






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