- ナノ -

お守りを渡そうと思って、




そうして始まった、夏のインターハイ・・・

開会式の会場へ着いてみると、盛り上がりは想像以上だった。選手や、私のようなサポートのメンバー、報道陣、応援やファンの人達で熱気に包まれたこの雰囲気は、気温だけのせいでは無いはず。

そして王者と呼ばれる箱根学園は、どこにいたって注目を浴びていた。
そんな中、私はこのチーム唯一の女子。いやでも周囲の目を集めるのだと思う。
他校の部員から時々声をかけられたり、連絡先を聞かれたりもした。それらは多分レギュラーではなく、サポートで参加しているような高校生だろうけど・・・それにしても、こんな所でナンパだなんて、まったく。緊張感が無さすぎる。

「ねぇねぇお姉さん、キミ箱学なの?かわいいね、もしよかったら連絡先交換しない?」

うわ、またか。
どこかのチームの高校生が、携帯電話を片手に声をかけてきた。私が呆れ顔で、そういうのはちょっと、と断ろうとすると、私の背後から荒々しい声が響いた。

「アァ?!誰だよテメェは?!ウチのマネ、気安くナンパしてんじゃねェぞ!!」

振り向くと、すごい剣幕でまくし立てる靖友さんの姿が。
靖友さんに怒鳴られたその高校生は、怯えた様子ですごすごと立ち去っていった・・・


「ほー。靖友さん、すごい迫力。さすが元ヤン。」
「名前チャン、感心してる場合ィ?!こんな男だらけのトコで、ただでさえ目立つんだからあんまフラフラしてンなよ・・・っていうかコレ、オレの仕事じゃねぇよなァ?!オマエの彼氏、どこほっつき歩いてんノォ?!」


・・・そうなのだ。
あろう事か私の彼氏で、強豪の箱学自転車部に一年生にしてレギュラーを勝ち取ったあの男は・・・なんと、こんな大事な日にまで遅刻をしている。集合時間に間に合わず、部のバスではなく自力でこの会場へ向かっているのだった。


「大丈夫です、向かってるので・・・多分。」
「はァ?!多分じゃ困ンだよ、こんな日にまで遅刻ってよ、自覚が足りねェだろ?!」
「す、すみません・・・」

どうして私がこんなにへこへこと、アイツの代わりに頭を下げなくちゃならないわけ?!
ったく山岳のヤツ、昨日もさんっざん場所と時間の確認したのに、何してんの?!・・・っていうか、マジでレースに間に合わなかったらどうしよう。アイツ、あんなに楽しみにしてたのに・・・、じゃなくて、チームの迷惑になるのに!

そうして私が怒ったり心配したりしている内に、とうとう開会式が始まってしまった。
前年度優勝校、と箱根学園の名前が呼ばれる。
ああ、開会式は間に合わなかったか・・・と思ったとき、ステージにふわりと羽のように山岳が紛れて行った。

良かった、着いたんだ・・・っていうかアイツ、なんで普通の短パンなんだ。
私が安心する暇もなくはらはらとステージを見つめていると、舞台に駆け寄って行く一人の選手の姿があった。

そのサイクルジャージには・・・"総北高校"、と書かれてる。ん?総北?・・・たしか、山岳が前に言ってた、"サカミチくん"のいるチームじゃなかった?

そしてその選手は、なにかボトルのようなものを勢い良く掲げた。
・・・なぜだか私はその瞬間、妙に嫌な予感がした。
そしてあれこれ考えるのはもうやめよう、とも瞬時に思った。

こんな風にアイツに振り回されるのは、真波山岳という男と一緒にいる限り、仕方の無いさだめなのだ。

その選手が掲げたボトルは、箱学のボトルで・・・という事は、彼が恐らく"サカミチくん"で。
そしてこの場所でこんなふうに再会が果たせのなら、うちの真波くんはこれがインハイの開会式だろうと、王者としてそのステージに立っているのだろうと、おかまいなく自由に、


「来たんだね、坂道くん!!」


・・・マイクを取って、そう言うだろう。

もう私は、何が起きても驚かない。
うん、そうだよね。やると思いましたとも。

ステージの上で、キラッキラした笑顔を輝かせる自分の彼氏を、それとは対照的に私は死んだような目で見つめていた。






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