- ナノ -

大っキライ!





 昨日のイライラが冷めやらぬまま翌日の登校を迎えた。同級生からの「おはよー」の声に適当に返して、すれ違った生徒からの「福富さんだ、カワイイ」なんて私の中身も知らないで言ってくる言葉も、「あの子さ、ソフト部辞めちゃったらしいよ」なんて噂話も、ぜんぶぜんぶ無視して。
うるさいうるさい!みんな、放っておいてよ。
加えて、外の天気は雨。憂鬱な気分に拍車をかける。

「おー、名前!オハヨ」
「うるさい!」

 教室に入ると、隣の席の黒田雪成はすでに着席していた。どすんと音を立てて座る私の態度の悪さにも彼は「うわ、機嫌悪り」とむしろ面白がっているようだった。

「私いま、チャリ部の顔見たくない」
「はぁ?何だよ、なんかあったわけ?」

…そうだ、黒田ならアイツの事、なにか知ってるかも。
あの思い出しただけで腹がたつ自由ぶりや無作法ぶりは、単に私の事をナメてやっているのか?それとも、いっつもあんな調子なの?
あんなヤツがレギュラー候補だなんて、マジ?


「真波山岳、って知ってる?」
「おう、ウチの一年だろ」
「どんな奴?」
「そうだなー、荒北さんの言葉を借りるとすれば、『不思議チャン』かな」

ヘェ、不思議ちゃん。なるほどね。まぁ、かなり良く言えばね。

「何、真波となんかあったわけ?」
「勉強係頼まれてんの。お兄ちゃんから」
「え、福富さんから?」
「なんか、勉強ヤバくて追試らしいよ。ソレ落ちたら大会出らんないんだって。こんな時期に追試とか、ありえなくない?アイツ、本当にそんなすごい選手なの?お兄ちゃんが私に、勉強見てくれって言うくらい?そんな風に全然見えないんだけど」

黒田?と問いかけても、彼は顎を指で撫でるような仕草で何か考えているようだった。
私なにか、変な事言ったかな。

「ねぇ、黒田!聞こえてた?」
「…ああ、悪ィ。考え事してた。んー…まぁなー。オレ、ポジションかぶってるし一緒に練習してっけど…」

てことは、真波もクライマーなのか。
クライマーは確か、尽八さんと、それに黒田も去年からいくつかレギュラー候補として大会に出てたはず。
今年はそれに真波も加わるって事?いや、それだと人数が合わないから、黒田か真波のどちらかが選ばれるって事?
うーん、いくら何でもそれは無いでしょ。あんなわけの分からない一年生がレギュラー候補なワケ無い。ましてや箱学の選手層の厚さは有名な上、今のレギュラーメンバーは史上最強とも言われているらしいから。

だけど…それでか、黒田が先ほど考え混んでいたのは。たとえ一年生が相手でも、同ポジションだとチームメイトだけどライバルだものね。
でも私は黒田に同情したりしない。大変だなとも思わない。むしろ羨ましいと思う。
大会だとか、誰がレギュラーになるとか、もう随分、遠い昔の事のように感じる。
まだソフト部辞めてから、半年も経ってないのにな。

もしレギュラー落ちたからって、一生自転車に乗れなくなるわけじゃ無いじゃん。…部活を辞めてから幾度となく渦巻く私の真っ黒な感情が、重たく疼きはじめる。


「…ふーん?アイツ、誰にでもあんな態度なの?先輩にでも?」
「あんな、って?」
「日本語通じない感じ」
「ハハッ。まぁ、そうだなー。かなり独特。…でも、スゲェよ。あいつの登りは…」

神妙な表情で、そう言う黒田。
ふぅん?でもいくら才能があったって、先輩への礼儀を蔑ろにして良いなんて、私は思えないけど。

「今日もアイツと勉強会だよ。最悪」
「それで名前、機嫌悪かったワケね。そんなに嫌なら、福富さんに断れば良いんじゃねぇの?」
「それは嫌!勢いで引き受けたとはいえ、ここで降りたらアイツに負けたみたいだし」
「あはは、どんだけ負けず嫌いだよ。さすが、アスリート!」

そう言ってから、黒田は「ヤベッ」と言って慌てて口を抑える。悪気は無いのは分かる。
福富名前といえばソフトボールだったから、そう言っちゃったんだ。もう二度と出来なくても、色濃く浸透したから簡単には拭えない。つい口から出てしまったんだ。慌てているのも、黒田の優しさなんだと思う。私を傷付けてしまうかも、って。

「・・・わりィ」

謝らないでよ。そういう気遣いが、居心地が悪いんだってば。

「…せいぜい1年にレギュラー取られないように頑張れば。"現役アスリートの"黒田クン」

言っちゃった。ゴメン黒田、これって完全な八つ当たりだ。
黒田は言い返す様子も無く俯く。私に、気を遣っているのか。それとも、主将の妹だからって何も言えないのか。自分が悪いくせに私は、またイライラした。

私、こんなに嫌なヤツだっけ?
悲劇のヒロイン気取りで、性格まで歪んでる自分が嫌になる。
黒田は何も悪くない。それに、こんな私は後輩に何か教える資格も無い。
外の雨雲は私の心を映したみたいだった。気持ちはぐるぐると渦を巻いたまま、また放課後はやって来てしまう。






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