- ナノ -

ポニーテール 3




「・・・山岳、さ」


寮の玄関の前。オレの背中から身体を離し、自転車を降りた名前さんは、言葉に緊張感を纏わせながら口を開いた。どうしたのだろうか。オレは自転車にまたがったまま、次の言葉を待つ。

「・・・インターハイに出る上で、プレッシャーとか無い?」
「プレッシャーですか。うーん、とくに無いですねえ」
「・・・この前山岳が、自転車部の2年に言われてるの、たまたま聞いちゃったんだ。『こんな時期に彼女つくるなんて、おまえがインハイで負けたら、彼女のせいって思われるな』って。きっとそういう事まわりにたくさん言われてるんでしょ?だから、その・・・自分のレースの結果で、私まで悪く言われるとか、変に負担になってたらどうしようって・・・」
「名前さんはさ、オレがそーゆう意見に左右されると思うの?大丈夫だよ、オレ、ぜんぜん気にしてないから。・・・ねぇ、レースの結果が良くても、『彼女のせい』になるのかな?もしかしたらオレ、それならありえるかも」
「何言ってんの・・・そうなったときは、山岳の実力でしょ」
「オレね、今すっげー自転車楽しいんだ。前よりもずっと。・・・今までは、自分の為だけに自転車乗ってた。でも、名前さんと出会ってから・・・オレが勝てば、名前さんが笑ってくれる。名前さんが笑ったら、オレはもっと速くなれる・・・キミといたらきっと、どこまでも速くなれるし、もっともっと楽しくなれるって思うんだ!・・・ねぇ、これって、すごくない!?」

オレが興奮ぎみにそう言うと名前さんは呆れながら、でもどこか嬉しそうに「心配しただけ無駄だった」って言って、小さく笑った。


「ヤバ、もうこんな時間じゃん、寮の門限になっちゃう。・・・山岳、送ってくれてホントありがと・・・自転車の二人乗りって、意外と楽しいね。別々のロードバイクだと、山岳は勝手に先に行っちゃうでしょ?同じ景色一緒に見ながら進むのも、いいなぁって思ったよ」
「う、うーん。オレはもう、良いかなぁー」
「え!やっぱり重かった、私!?」
「・・・心臓が、もたないから」

オレが視線を泳がせながらそう言うと、名前さんは相変わらずなんにも気付いてないみたいで「キッツイ部活後だもんね、ゴメン」って言った。いや、なんていうか、むしろこっちこそゴメン。


「じゃあまた明日ね、山岳。朝練、遅れたらだめだよ」
「うん・・・あ。ちょっと待って、名前さん」

玄関へと進みかけた名前さんを呼び止めて、オレは自転車を降りた。

「今日の髪、すっごくかわいかった」

そう言って顔をグッと近づけて、その美しい髪をひとつに束ねたポニーテールを優しく撫でると、不意を突かれた名前さんは瞳を大きく瞬かせた。

「なっ・・・なに、急に」
「ポニーテール、すげー似合う。ねぇ、またやってよ」
「・・・ま、また暑かったらね」
「わ、やったぁ。あー、でも・・・オレの彼女のこんな可愛いトコ、他の人に見せたくないかも。独り占めしたいくらい、オレ、名前さんの事・・・すげー好きだから」

オレは名前さんの目をまっすぐに見て、先程から指先でくるくる遊ばせていたポニーテールの毛先を捕まえて、そこにキスを落とした。
名前さんは案の定、顔を真っ赤にして口をパクパクさせるだけで言葉も出ないみたいだった。

さっきは名前さんに、散々ドキドキさせられたからなぁ。オレなりの仕返しのつもりだった。

部活中からずっと触れたかった名前さんのポニーテールをひとりじめできた優越感と、一方的にだけどやり返せた満足感で、満面の笑みで再び自転車に乗った。


「名前さん、おやすみなさーい。足、おだいじにね」

名前さんは真っ赤な顔で、目に涙を溜めながら「イケメンなのが、卑怯だ」とかって、よくわからない事を言ってる。
・・・卑怯はどっちですか、まったく。






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