- ナノ -

ポニーテール 2


名前さんのケガは、足首を少し捻った程度のもので、湿布を貼って一晩安静にしていれば治るとのことだった。あれからすぐに、自転車部のトレーナーに診てもらったのだけど「サポートをする立場の私が、ケガだなんて」と言って名前さんはしょんぼりとしていた。
 部活後、オレは名前さんを寮まで送る為、部室の前で待っていた。

「ごめん、おまたせ」

そう言って現れた彼女は、片足をすこし引きずりながら現れた。

「って、何よその・・・ママチャリ・・・?」
「うん。名前さんの事、コレで送ろうと思って」
「え?・・・えーっと、いつものロードバイクは?」
「やだなぁ、ロードじゃ二人乗りできないじゃない。トレーニングルームに置いて来ましたよ」
「あの、何からつっこめば良いかわかんないんだけど・・・そのママチャリも、山岳のなの?」
「え?いや、その辺にあったやつだけど・・・」
「はぁ?!ちょ、それってドロボー・・・」
「人聞き悪いなぁ。すこし借りるだけだって」

もう夜なのに学校に置きっぱなしって事は、明日の朝には返せば問題無いって事でしょ?オレがそう言うと、名前さんはぶつぶつ言いながらも自転車については折れてくれたようだった。
でも今度は、「二人乗りって...」と次なる抗議が始まってしまった。

「そんなの危ないって…アンタ、大会前なのわかってる?寮までそんなに遠くないし、ゆっくりなら歩けるわよ。それよりも、山岳にもしケガでもさせたら...」

あちゃー。抗議ってより、このままだとお説教モードかも。名前さんの事、早く寮へ送って休ませてあげたいんだけどなぁ。
・・・うーん、こんな時は”アレ”しか無いか。


「・・・名前さん」
「な、何?」

オレは名前さんに一歩近づき、まっすぐにその瞳を見つめる。

「オレたち、"恋人同士"ですよね?二人乗りくらい良いでしょ。ね、安全運転で行くからさ。送らせてよ、名前さんはオレの、"大事な彼女"なんだから」

オレはなるべく彼女の瞳だけを見て、特定の単語を強調して言った。
その間に、彼女の顔は暗がりの電灯の下でさえわかる位みるみる内に真っ赤になって、さっきまでつり上がって眉もへにゃりと下がっていった。

名前さんと付き合い始めて、3ヶ月とすこしが経つ。その中で気がついたのは、たぶんだけど・・・名前さんって、オレに見つめられるのに弱いみたい。あと、彼女とか恋人とかってあえて言われるのにも。


「・・・まあ、距離もそんなあるわけじゃないしね」


・・・ホラね、やっぱりだ。ふふ、可愛いなぁ。







「それじゃあ名前さん、しっかり掴まっててくださいね」
「ハイハイ、よろしくお願いします」


オレも名前さんも、二人乗りは初めてだった。でもオレはロードバイクならいつも乗ってるし、名前さんも感覚が良いのか難無く走り出す事ができた。
すっかり暗くなった通学路に、他の生徒の姿はもう無い。

 ママチャリって、こんな感じなんだなぁ。重心や目線の高さがヘンな感じだ。
でも、二人乗りできるのって良いなあ。これはこれで、楽しいかも。

「ふふ。山岳がママチャリに乗ってるのなんて、変なの」
「あはは。ママチャリって、こんなに重いんですねえ」
「・・・それ、遠回しに私の悪口?」
「ち、違うって、ロードと比べたらって意味!それより名前さん、もっとしっかりオレに掴まっててよ。なんで制服の裾しか持ってないわけ?」
「だ、だって掴まるなんて、恥ずかしいし」
「オレ、安全運転って言ったよね?うしろの人の協力も必要なんだよ、ちゃんとくっついてないと危ないよ」

そう言って片手でグイと名前さんの腕を掴んで、腹の方まで持ってくる。

「ちょ、ちょっと、山岳っ」
「ホラ、この方がバランスとりやすいでしょ」
「ん・・・ああ、まぁ確かに」

名前さんは納得したようで、もう片方の腕も回して両手で抱きしめるような形になった。
良かった、やっぱりこの方が安心だ。安定感があって、後ろを気にしすぎないで漕げそうだ。

・・・しかし。オレは、大変な事に気がついてしまった。

この体勢は・・・まずいかも。ちょっと・・・いや、けっこう。かなり。

何がって、身体が密着しすぎてて・・・オレの背中にふわふわとしていて、それでいて弾力のあるモノが、ぎゅうっと押し当たっている感覚がする。
これは・・・つまり。名前さんの胸が密着してると思って、間違いない。

そんなつもりで掴まっててって言ったわけじゃないのになぁ。嬉しいんだけど、でも、なんだかちょっと良心が痛む。

一度意識してからはもう、平常心ではいられなかった。やばいやばい、安全運転で行かないとっ・・・!


前に名前さんに、キスより先の事はもう少し待ってほしいって言われて。関係をゆっくり進めたいっていう彼女の気持ちは理解したつもりだし、大事にしたいってホントに思ってる。
だから、行動には起こしてないけど・・・オレだって、健全な男子高校生だ。こんなハプニングは嬉しすぎるし、本当は名前さんに、もっとたくさん触れたい。たくさん愛したい。名前さんの、全てを。

そんなオレからしたら、これはちょっとした事件だ。段差やカーブのたび、オレの背中にありがたーい感触がふにふにと揺れた。何のご褒美なんだろう、コレ?名前さんの言い付けを律儀に守って、手を出してないお陰だろうか。
名前さんがオレにとっての緊急事態に気付いている様子は無く、オレにぎゅっと抱きついたまま「そういえば山岳、尽八さんに何言ったの?」なんて、普通に話しかけてくる。

「ちょっと山岳、聞こえてる?」
「・・・え。ああ、なんですかぁ?」
「なによ、上の空で。やっぱり、練習後に二人乗りなんて、疲れるんでしょ・・・?」
「いや、むしろ元気っていうか」
「ふーん?山岳ってホント、自転車が好きだねぇ。あ、尽八さんにだけど、本当に変なコト言ってないでしょうね!?」
「言ってないってばー。自転車の話してただけだよ」
「でも、だとしたら尽八さん、なんか勘違いしてるって。誤解ならちゃんと解いておいてよね、尽八さんと、それから周りで聞いてた人たちに!」

はーい、とオレが軽く返事をしたところで丁度、名前さんの寮の前へ到着した。
・・・あーあ。あっという間だったなぁ。
彼女を早く部屋で休ませてあげたいという気持ち半分、もう少しだけこのままで居たいという気持ち半分で・・・なんだか、複雑だった。






もくじへ