- ナノ -

ポニーテール



 インターハイまであと少し。
この頃なんだか、オレの周りは妙に騒がしい。
インハイのレギュラーに選ばれてからというもの、「一年生で箱学のレギュラーなんてすごい」、「頑張ってね」、「期待してる」・・・なんて、廊下を歩けば知らない人や先生たちに声をかけられた。
そんな応援の声もあれば、「レギュラーになったのは神風のお陰で、たまたま」「サボってばっかのクセに生意気」「彼女までできて調子に乗ってる」なんて、あんまり気持ちの良くない事も言われたりする。

正直、オレにとっては、そんなのどうだって良くて。褒めてもらう事に嫌な気はしないけど、悪く言われるのと同じくらい興味が無かった。
オレが走るのはそういう人たちの為じゃない。生の実感の為、ただそれだけだった。
それをもっと感じていたくて、もっと速い人たちと走りたくて、箱学に来た。インハイに出たらそれが叶うし…坂道くんとも、会える。

だから周りなんて関係無いのだけれど、オレはなぜだかこの頃名前さんが喜んでくれる事だけは、すごく嬉しかった。

名前さんはあれから、正式に自転車競技部のマネージャーになった。
真面目な彼女は、福富さんの妹だから、とかオレの彼女だから、とかって人一倍みんなに平等にを心がけてる。
だから皆んなの前ではなんて事無い顔してるけど、ふたりっきりになるとすごく嬉しそうに「はやくインターハイで走る山岳が見たい」なんて、笑って言ってくれる。思い出しただけで、胸が詰まるくらいにカワイイ。

オレが走るのは、オレ自身の為。だけど少しずつ、それだけでは無くなっている事に、自分でも気付き始めてる。



「何だ真波、にやにやして・・・締まりが無いな」

隣で筋力トレーニングのマシンを動かす東堂さんがオレを見て言った。この頃はインハイに向けて東堂さんと一緒にメニューをこなす事が多くなっていた。
正直、筋トレってあまり気乗りしないんだけど・・・でもこの前もサボって、名前さんに怒られたばかりだ。今日くらいちゃんとやっとかなきゃマズいよなぁ。

「何だ、また山の事でも考えていたのか?それとも・・・名前の事か?」
「あはは。筋トレって退屈なんですもん。なにか考えてないとスグ飽きちゃいそうで」
「なんだ、どちらも否定しないとは・・・全く。随分仲が良いのだな」
「えへへ。まあ、そうですねぇ」

そう答えると、横から他の先輩が「名前とドコまで行ったんだよ?」なんて言うから、ああ、この前も二人で登りのコースに行ったなぁなんて思い出しながら「結構な所までいきましたよ」と答えた。
すると東堂さんが、何故だかやけに反応良く目を見開いた。他のメニューに取り組んでる周りの部員も、なんとなくこっちを気にしてる感じだ。

「結構、高いトコまでいったんじゃないかな?まぁ、最初は、無理矢理だったんですけど」
「む、無理矢理!?」
「うん、はじめは名前さんも慣れない感じで、オレがひとりで盛り上がっちゃってたけど。今はもう、だいぶ上手になりましたよ〜」
「お前、名前に無理にさせているんじゃなかろうな!?」
「まさか!今じゃもう名前さんも、ハマっちゃったみたいで。昨日も、『今日は乗らなくて良いの?』なーんて自分で聞いてきたりして・・・」
「の、乗る・・・!?」
「もう、最高なんですよ!名前さんと一緒だと、一人の時よりずっと気持ちよくて・・・生きてる、って感じるんです」

「失礼しまーす」

そんな話をしていると丁度名前さんがトレーニングルームに入って来た。室内にいた十数人の部員の目線が、一斉に名前さんに集まる。


「尽八さん、山岳。今日のメニューはどの辺まで進んでますか?」
「あ、名前さん今日ポニーテールだ。カワイイ」
「暑いからね、まとめたの。今でこんな気温だったら、インターハイの時はどうなる事やら・・・って、ん?」

部員のみんながソワソワと自分を見てる事に、名前さんも気がついたみたいだった。

「何この感じ・・・山岳、アンタまた変な事言ったんじゃないでしょうね」
「やだなあ、名前さん。オレはホントの事しか言ってないよ〜」
「ホントの事・・・て、ちょっと。アンタ何言ったの?ねぇ尽八さん、何聞いたんですか!?」
「名前、おまえ・・・案外、大胆なのだな・・・」

ん?東堂さん、なんか勘違いしてる?

なんだか、東堂さんや他のみんなの様子がおかしい。うーん、なにか変な事言ったかな、オレ・・・?

「えーっと。コレ終わったんで、次のメニューやってきまーす」

オレの直感が逃げろと言うので、その声に従って立ち上がる。そそくさとその場を後にすると、案の定名前さんがおっかない顔で追いかけて来た。

「山岳!アンタはなんでそうやって、余計な事言うわけ!」
「あはは。こわいなあ、名前さん」
「誰のせいよ!私がどれだけ部活とプライベートの線引きしたって、アンタがおかしな事言うから・・・っ」

突然、短い悲鳴のような声が背後からしたので振り返ると、名前さんが何かにつまづいたのかバランスを崩していた。咄嗟の判断で、思わず身体を支える。

「だ、大丈夫?」
「う、うん・・・ごめん、山岳。支えてくれて、ありがと・・・ん、いててっ」
「もしかして、足くじいた?」

しゃがんで名前さんの足首に触れると、苦しそうに顔を歪めた。こりゃ、ひねっちゃったかな。

「もー、名前さんってば・・・あんまり、ふざけるからですよ。」
「あ、あんたに言われたくないっての!」

名前さんの足首をオレが撫でながらそんなやり取りをしていると、東堂さんが「おーい、部活中にあまりイチャイチャするなよー」ひやかすように言うものだから、部員のみんながドッと笑った。
名前さんは真っ赤になって、ものすごく恥ずかしそうに俯いてポニーテールを揺らした。
名前さんの髪って、きれいだなあ。ふわふわと揺れるそれに触れてみたいけど・・・これ以上怒らせると、口も聞いてもらえなくなりそうだ。オレは伸ばしかけた手を、ぎゅっと握った。

悪い事したかな?って思いながらも、名前さんがいると部活がますます楽しいなぁ・・・なんて、こっそりと胸を躍らせていたのだった。







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