<鏑木一差 / 読み切り>
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「オッマエすげーなぁ」
とある昼休み。
いつも昼食を共にしている友人は部活の召集がかかったとかで、私は中庭で昼食をひとり食べていた。天気が良かったから、ひとりでも今日はここで食べたかったのだ。高校生活も3年目ともなれば、ぼっち飯も恥ずかしくもなんとも無かった。
「えーっと、誰?」
突然声を掛けてきたその男子に、購買で買ってきたパンを頬張りながら聞き返す。
その人は、オレンジとも薄いピンクとも見える髪を元気よくハネさせた男子生徒で、見るからに勝ち気そうな瞳をキラキラと輝かせて私を見つめている。なんだこの人、初めて見るぞ。こんな派手な感じの人、同じ学年にいたら忘れないと思うけど・・・。かと言って部活をやってない私に、年下の知り合いなんてのも居ないし。
「いや、オマエが誰だよ!」
そっちから話しかけて来たくせに、何故かその人は随分と偉そうにそう言った。
なんだこの子、ちょっと変な人かも。それに知らない人と話すのは苦手だ。面倒な事になる前に、場所を移そうかな・・・。
そう思って私がそそくさと立ち上がると、「無視すんなよ!」と彼が噛み付いて来た。ヤバイ、面倒な事にはもうすでに巻き込まれちゃってるかも?!
「オマエ、すげぇじゃん!そのパン、総北の購買の一番人気のヤツだろ!!オレもずっと狙ってんのに、すぐ売り切れちゃうからさー。まだ、食った事無ぇんだよ」
ああ、なんだ。パンの事だったんだ。
「・・・このパン、人気だからねー」
「昼休みになった瞬間にダッシュしてもよォ、購買にもうめっちゃ人居てさー。オマエ、授業中からもう並んでたりすんの?」
「そ、そんなわけないでしょっ。私、3年生だから・・・3年の教室って、購買まで近いでしょ?だから買えるんじゃないかな」
「へぇ、オマエ3年生なんだ」
そういうキミは何年生なの、と聞くと「1年だけど」と返される。
え、1年生?!なのになんでこんなに偉そうなの?!
年上だとわかっても変わらずに「オマエ」呼ばわりを辞めない彼を不躾な人だなと思いながら、でも思いのほか私は会話を楽しんでいた。
私は自分をコミュ力が高い方とは思わない。だから初対面の人との会話がこんなに弾むのは、初めてかもしれなかった。
「なぁなぁ、そのパンってそんな旨ぇの?」
「うん、美味しいよ。・・・もしよかったら、一口食べてみる?」
この子、嫌いじゃないかも。
直感的に、そう思った。
それに部活をやってない私にとって、後輩というものにちょっとだけ憧れもある。
仲良くなれたら、嬉しいかも・・・なんて思って、私なりに結構勇気を振り絞ってその大人気パンを差し出す。・・・なんかちょっと、餌で釣るみたいだけど。
大喜びで飛び付くかと思いきや、意外にも彼はぱちくりとその大きな瞳を瞬きさせたまま、パンを受け取ろうとはしなかった。
「え・・・オレ、食いかけなんて嫌なんだけど」
ガーン、と私は漫画のように脳内に効果音を響かせる。
私が食べてない所、ちぎって食べれば良いじゃん!!
この子ホントに、思った事何でも言うタイプなんだな・・・。
「な、なによ、人がせっかく・・・」
「あ、そしたらさー。明日、買ってきてよ!オレ様のために!」
「・・・は?!」
これが噂のパシリってヤツ?!しかも、1年が3年に・・・?!私、どんだけナメられてるんだ。
「あ、オレもメシ食わなきゃ。じゃーな、先輩。明日はパン、楽しみにしてっから〜!」
流石に冗談かなと思いきや、彼はそう言い残して元気よく去って行った。
ど、どうしたものか・・・?!
*
翌日のお昼休み。
私は今日も、ひとりで中庭に来ている。
今日は、友人が部活で召集されたわけじゃない。1年生にパシられてる姿を友だちに見せるのはあまりに情けないので、私から「今日は用事があるから」とお昼休みの別行動を申し出たのだ。
−−−結局、買ってしまった・・・。
どうしようかと正直かなり悩んだし、本当は買わないつもりでいた。・・・でも、購買に行ったらあったんだもん!なんで有るのよ、いっそ売り切れててよ!そりゃ、ついでなら買っちゃうでしょ!
ええと、これは、アレだ。いつもは3年生に買い占められちゃうこのパンを、入学したての1年生に食べさせてあげたいと先輩として思った、って事で良いよね・・・なんて、私は自分自身に言い訳までしてる。
ホントはちょっとだけ、あの子の喜ぶ顔が楽しみだったりして・・・。
「よーっす。先輩、パン買えた?」
昨日と同じベンチに座っていると、例の1年生が相変わらずの調子でやって来た。
・・・そういえば、名前もまだ聞いてなかったな。
「はい、どうぞ」
まるで当然のように私の隣に腰を下ろす彼に、先ほど購入したパンを差し出す。するとたちまち、彼の表情は光が差し込んだかのようにパァっと明るくなった。
「うわーうわーっ、マジかよ〜〜!スゲー!!・・・いいの?もらっても」
「何、今さら。いいよ、食べてみたかったんでしょ?」
いただきます!と元気良く言うが早いか、彼はパンに齧り付いた。
夢中でパンを頬張る、見応えのある食べっぷりはなんだか動物みたいでカワイイかも・・・なんて思ってる内に、あっという間にパンは彼の胃袋へ消えてしまった。
「は〜〜、ウマかったぁ〜。すっげーすっげーうまかった!先輩、マジでありがとう!!アンタ、いい奴だな。あんま女子って感じもしないし、なんかしゃべりやすいし!」
女子って感じがしない、ってのは褒められてるのか謎だけど・・・キラキラした目で見つめてくるその姿を見て、この関係はやっぱり餌付けみたいだと思った。
な、なんて単純なの、食べ物あげただけでここまですんなり懐くなんて。
「先輩、このパン130円だったよな?オレ今500円玉しか無ぇーから、おつり230円下さい!」
「・・・370円ね」
「あ、そんなにくれんの?ラッキー」
・・・単純なんじゃなくて、ひょっとしてちょっとおバカなのかも。
「オレ、先輩に何かお礼するわ。何が良い?」
「え、別に良いよ。そんなつもりで買ったんじゃないし」
「いいから、いいから!何でも、どーんと言えって!」
そうだなぁ、と私はすこし考えてみるものの。
昨日出会ったばかりで、しかも2学年も下の子に何かをしてもらうという事が、今ひとつイメージができなかった。
「じゃあ、キミの名前を教えてよ」
私がそう言うと、彼は意外そうな顔をしつつどこからか二つ目のパンを取り出した。
どうやら今日の昼食は、この場所で済ませるらしい。
「ふぇ?!ほんはほほでひーの?!」
「ちょ、食べながらしゃべらないの!食べ終わってからで良いから!!」
口いっぱいのパンをこれまたモグモグと美味しそうに頬張ってから、彼は再び話し始めた。
「え、そんな事でいーの?!」
「え・・・うん、他に思いつかないし」
「アンタ、変だなー!オレの部活の先輩達だったら、こういう時もっとトンデモナイ無茶振りして来るぜ、絶対!」
「あ、部活やってるんだ?」
「うん、ひへんひゃふ」
また口いっぱいにパンを食べ始める彼に、話すのは食べ終わってからで良いからと再度告げる。改めて「自転車部」と答えた彼を見て、なんかちょっと・・・カワイイかもと思った。いいもんだな、後輩って。
彼のモグモグ風景にいつまでも癒されてるわけにもいかないので、私は自分も昼食を食べる事にした。
・・・ここでは、パンを彼に渡すだけのつもりだったんだけどな。
後輩とはいえ男子と二人、中庭でお昼を食べるなんて不思議な気分だ。
その後も二人でパンを食べながら、私たちは随分と色々な事を話した。
名前を聞くはずが流れで部活の話題になってしまったけど、帰宅部の私にとって練習や大会など全ての話が新鮮だった。
自転車競技がどういうものかすら知らなかったから、次々に浮かぶ疑問を彼に投げかけていたらいつまでも会話は途切れる事が無かった。
・・・いつも他の人と話す時は、次の話題を必死に探すのに。ましてや男子だ。
なのに彼といると、驚く程自然に会話が成り立った。なんていうか・・・すごく、話しやすい子だ。
そして彼もまた、生き生きと話をしてくれた。
単純で、ちょっとおバカなだけの子かと思っていたけど部活の事を話す際は時折、真剣な眼差しを覗かせながら語った。・・・その度にちょっとだけ、ドキドキした。
自転車部って確か、去年全国優勝したんだったよね。同じクラスの手嶋くんが、今年からキャプテンだとかって噂で聞いた。
強い部活だから、上下関係とか厳しそうなイメージがあったけど・・・なんていうか、こういう自由な感じの子も居るんだな。というか例のごとく、私がナメられてるだけかも。
−−−どのくらい、話し込んでいただろうか。
お昼休みの終わりを告げるチャイムが中庭に響いた。
「ゲ、もう終わりかよ。じゃーな、先輩!今日はごちそーさん!」
・・・あ!
結局名前、聞きそびれちゃった。