- ナノ -

その瞳に 2




もう集中力が切れたわけ?!早い、早すぎるでしょ。

「もう、世間話は良いから」
「え〜、だってオレ、名前さんのコトなんにも知らないんですよ?」
「だから何!知らなくたっていいでしょ。私は真波君に、勉強を教えに来ただけなんだから」
「そうかなあ。もし名前さんが、逆の立場だったらどうですか?どんな人かわからない人の言う事、ちゃんと聞こうって思えます?」

どういう理屈なのよ。教えてもらってる立場なんだから、聞くに決まってるでしょ。私は脳内でそう即答した。
…それでも、と、私は本日すでに何度目になるかわからない、気持ちのブレーキを目一杯踏む。
ここで感情的になったら、お兄ちゃんの心配した通りになってしまう。どうにか軌道修正なくては。コイツを手なづけて、机に向かわせなければ。

「ね、そうでしょ?名前さん」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、この問題児はにこにこと小首をかしげている。

「あのさ、真波くん。自分の置かれた状況分かってる?追試まで1週間とちょっとしかないんだよ。無駄話してる時間は無いよ」
「んー、あれ?よく見たら、名前さんって…」

私の話がまるで聞こえていないかのように、真波君は突然グッと顔を近付けた。
さっきまでイライラしていてしっかりと顔さえ見ていなかったけど…この子、相当整った顔をしてるんだ。
瞳のブルーなんてまるで夏空のようだった。吸い込まれそうな程澄んだ色に、胸がざわついた。

その瞬間、私はその瞳に恋をした・・・

−−−なんていう事が、あるはずも無く。
私は、ますますストレスを募らせていた。

波だの山だの、私のダイッキライな季節を連想させる単語ばかり名前に盛り込みやがって。私は今、夏に良い思い出が無い。だって、ソフトボールとの思い出がたくさん詰まった季節だから。
それに加えて、この瞳である。
あの頃見上げた夏空を思い出さずにはいられない、どこまでも澄んだ、空の色…って、これは私の言いがかりだけど。

しかし真波くんって、こんなにイケメンのくせして、自分勝手な性格でなきゃ相当モテただろうに。残念なイケメンというやつだ。
我ながら理不尽な文句を心の中で大爆発させる。そうとも知らない彼は、まじまじと私の顔を見つめて、なにか閃いたかのように口を開いた。

「名前さんって、福富主将に似てないなーって思ったんですけど、やっぱ似てるかも」
「そうかな?似てるとは言われた事無いけど」
「あはは!荒北さんがよく言う、"鉄仮面"な所がソックリだ〜!」


コイツ…。とうとう心のブレーキが切れた私は、机の上のプリントを剥ぎ取って思いっきり真波の顔に押し付ける。

「ええっ!?な、なにするんですかー!」
「さっさとプリントやれ!」

ぐりぐりとプリントを顔に押し付けると、真波は紙の向こうで「名前さん、笑ったら絶対可愛いのにー」と篭った声で言っている。
誰のせいで怒ってると思ってんのよ!





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