- ナノ -

快楽主義




「じゃあ名前、新開のメニューはどうだ」
「持久力つけるとしたら、もうちょっとこの辺のトレーニングをいじった方が良いかも…」
「おー、名前チャン。なんだよ、今日も来てたの?」

ここは、箱根学園自転車競技部の部室。
屋内トレーニングルームの他に、更衣室、部室…と何から何まで揃ってるなんて、流石である。私のいたソフト部も強い方だったけど、設備はここまでじゃなかったなぁ。

「ああ、荒北。もうメニューが終わったのか。名前もそろそろ、帰らないとな。名前には、大会前の大事な時期だから今日もトレーニングの相談に乗ってもらっていたんだ」
「まぁ、筋肉やトレーニングの勉強だけはものすごーくしたからねぇ。それも無駄になったって前は思ってたけど、役に立てて良かったよ」
「ハッ、ご苦労なこったな。ついでにそのまま、チャリ部のマネージャーになっちゃえばァ?」

−−−そうなのです。
あれから、山岳はもちろん追試には合格。無事に部活復帰を果たした。
そして他人にトゲトゲと嫌味ばかりだった私も少しだけ丸くなりまして。この頃は時々、兄に頼まれて自転車部のメニュー作りのお手伝いをさせてもらう事もあった。

自転車競技部には、メニューやサポートをしてくれる大人もいる。しかし我が兄は、勝利の為に思いつく限りの努力をしたいという。そこでソフトの選手時代にとにかくありとあらゆるトレーニングを勉強していた私に、声がかかった。

本当は前から頼まれてはいたのだけど、なにせ捻くれていたものだから、断っていたのだった。でも今回引き受けてみて、良かったと思ってる。兄の役に立てるのは嬉しいし、部活ってやっぱり良いなぁなんて思う。こうして時々でも参加するのは楽しかった。


「名前、すっかり遅くなってしまったな。そろそろ、寮に戻れ。荒北、悪いが送ってやってもらえるか?」
「はぁ?なんでオレが、ンな面倒な事…」
「待って、お兄ちゃん。もしできたら、もうちょっとだけ残っても良いかな?隼人さんのメニューのところ、あと少しだから今日の内にまとめちゃいたくて…ここなら、資料も色々あるから」

その時、部室の扉が開いて−−−入って来たのは、山岳だった。練習が終わった所なのか、皆と同じようにサイクルジャージ姿だった。上着のファスナーが、大幅に開いてるけど。まったく、だらしないんだから…。


「あ、名前さん!今日も来てたんですねぇ〜」
「ハイ、オマエら!イチャつくの禁止だからァ!」
「靖友さん!別にイチャついてないじゃないですかっ」
「そうですよーイチャついてないです、今日はまだ。名前さーん、何してるんですか?」
「真波。名前は今オレと一緒に、各メンバーのトレーニング内容について考えていた所だ」

今日はまだって何だよ!?とキレぎみの荒北さんの隣で兄がそう言うと、山岳は意外そうな顔で瞳を瞬かせた。

「へぇ。名前さんって、そんな事もできるんですねぇ。意外と使えるんですね〜」

おい、この失礼野郎。

「名前さん、もう帰りますか?オレ、寮まで送っていきますよ」
「もうちょっとだけ残って、作業したいんだよね。お兄ちゃんが、OKしてくれたらなんだけど」

いいかな?と、お兄ちゃんをちらと見る。兄は少し考えてから、名前を一人で残すのは…と渋った。しかしそれはすぐに解決した。

「じゃあ、オレが一緒に残ってますよ」
「うむ、そうか真波。助かった。帰りも、寮まで送ってやってくれるか?完全下校時間前には帰るんだぞ」
「はーいっ!ありがとう、お兄ちゃん。それから、山岳も」

いえいえ、と笑顔で返す山岳。

完全下校時間まで、あと1時間とちょっと。よしっ、集中して終わらせてしまおう!




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