「着きました、ここです」
そう言って山岳は乗っていた自転車を降り、押しながら脇道を進んでいく。
ただ山を登る事が目的なのかと思っていたけど、どうやら目指す場所があったようだ。後をついて行くと、急に辺りが開けた空間に出る。
「−−−綺麗・・・」
そこは、高台のような場所だった。とはいえ柵があるわけでも無いから、人が築いたものでも無いようだ。
広がる景色は、澄み渡った箱根の空と、おもちゃのように小さく小さくひしめきあった建物たち。
さっきまで木とか草とか、とにかく緑しか見てなかった私の目にはその景色は眩しい程美しく感じられた。
「名前さん、こっちこっち。ココ、座れるんです」
束の間茫然と景色に圧倒されていると、山岳に後ろから声を掛けられる。
振り返ると、木々の手前に大きめの石があり彼はそこに腰掛けていた。凹凸が少なくつるんとしていて、膝くらいの高さの大きな石。確かに、座るのにはちょうど良さそう。私も、隣に座る事にした。
「綺麗だよね・・・。名前さんに、見せてあげたくって。天気が良くてよかったぁ。でも、夜はもっと綺麗なんですよ〜」
「夜、って山岳・・・もう、だめだからね!?」
「わ、ごめんごめん。もう、夜のロードは辞めますってば。・・・ここで名前さんに告白しようと思ったのになぁ。さっきもう言っちゃったもんなあ」
・・・そんな事、考えてたんだ。
なんだかくすぐったくて、山岳の事をまともに見れない。
そうだよね・・・私さっき、告白されたんだよね。
前から好きとは言ってくれてたし、山岳だって告白直後とは思えない位相変わらずの調子だし、あんまり実感わかないけど。
「あ、そうだ・・・。名前さん、これ・・・」
山岳が私の手のひらに、小さくて軽い何かを乗せた。−−−それは、あの日くれた石の指輪だった。
「あ、これ・・・。ご、ごめんなさい。私、落としちゃって・・・」
「今朝、家の前で拾ったんだ。・・・最初、名前さんが怒って捨てたのかと思った」
「ち、違うの!山岳の、怪我の事とか聞いて・・・びっくりして、落としちゃって・・・」
「左手、かして?」
山岳が私の手をとって、ゆっくりと石の指輪を薬指にはめる。
そして、あの時みたいに。
ちゅ・・・と、それにキスを落とした。
さっき山岳は「もっとドキドキさせてあげる」と言ったけど・・・私はもうすでに、いっぱいいっぱいで。
これ以上はもう、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらいだった。
山岳が、ゆっくりと顔を上げる。
「名前さんの返事、まだ聞いてなかったね」
「さっき、私も好きだって・・・」
「そうじゃなくて、告白の返事。・・・ね、オレの彼女になってくれますか?」
答えなんて、もうとっくに決まってる。
でも私は、胸がいっぱいで。
なんとかその言葉に頷く事ができた。頷く事しか、できなかった。
「名前さん。・・・好き。大好き。もう我慢しなくて、良いよね?」
夏空色の瞳が、ほうっと輝いて。
やっぱりこの瞳、すきだなぁ。
−−−なんて思っていたら。その瞳が、ぐんぐん近づいて来る。
私はゆっくりと、目を閉じた。