- ナノ -

今度こそ 2



「…ん。靖友、あれ見て」
「アァ?また何か食いモンでも見つけたか?」

朝練が終わって廊下を歩く二人。荒北は何の気無しにそう悪態を吐いたが、チラと横目で新開を見ればその表情は真剣そのものだった。ンだよ、と舌打ちしながら新開の眼差しの先を追うと、そこには、真波と名前の姿がある。そして、校内でも頑固で有名な初老の教師の姿もある。

「名前チャンと、真波じゃナァイ…何だアイツら、頭なんか下げて…」
「なるほど。状況は分かったよ」
「ハァ?適当な事言ってんじゃねえよ。ありゃどう見ても何か揉めてるクセェけど、見ただけで状況なんて分かる訳無ぇだろ」
「昨日、寿一が真波を探していたろ?名前と一緒に勉強会をしていた追試の日だったのに行かなかったらしい。そしてその翌日である今朝、二人が頭を下げてる」
ヒュウ、と新開は人差し指を立てながら言い切る。
「何ドヤ顔してんだよ」
「名推理だろ?好きなんだ、ミステリー小説」

聞いてねぇよ!とツッコミながら、向こうから途切れ途切れ聞こえてくる真波達の話は、どうやら新開の言った事で合っているのだと分かる。
眉をひそめて廊下の先へ視線を送る荒北の横顔を見て、ミステリー好きな新開はもうひとつ、ここ最近ずっと脳裏にあった推論の紐解きに入る。

「靖友。助けに行くのかい?」

新開の問いかけに、荒北は表情をさらに険しくした。新開は続ける。

「…このまま放っておいたら…、真波は次のレースには出られないだろうな。それに、名前との関わりも無くなるんじゃないかな。寿一は今回が駄目ならもう名前を先生役から外すと言っていたから」

ピクリ、と荒北の身体が揺れる。

「靖友はそれでも助ける?」
「…何が言いてぇんだよ」
「先輩としては助けてやりたいけど、靖友の親友としては…少し、思い止まってしまうかな。今日、順調に追試が終われば、真波と名前の関係が進んでいく気もする…あぁこれはただの勘だけど。どちらにしても、あの先生との交渉がうまく行かない方が良い事もあるんじゃないのか?」
「…バカ」

大きく一歩踏み出す荒北に、もう一度、いいのかい、と聞く。だけも荒北は、最初からなにも迷ってなどいなかったかのように真波達の方へ足を進めた。
オレの二つ目の推理はハズレだったかな、なんて小さく笑いながら、新開はその場を後にした。







「・・・荒北か。何だ、どうかしたか」

ーーー先生が急にそんな事を言うものだから、私はびっくりして振り返る。そこにはなんと、本当に靖友さんがいた。
驚く私達に、靖友さんはニイッと笑って、後ろから私と山岳の頭をわしわしと撫でる。そして、先生に向かって言った。

「先生。こいつ、オレの後輩なんだ。ちょっと不思議チャンだけど…そういやオレも先生に散々迷惑かけたよなぁ。でも、お陰で進級もできたし、自転車部のレギュラーもやれてる。感謝してんだ。だからコイツの事も大目に見てやってくれねぇか」

…靖友さん…助けに来てくれたの?
心強くって、私は胸が熱くなりながらも、でもいくら靖友さんでもこの先生がそう簡単に首を縦に降るわけ無いだろうと思った。が、しかしだ。ちらりと先生を見ると、表情がみるみる内に柔らかく変化している。

「…そうだったなぁ、荒北。お前もあの頃は、本当にどうなる事かと思ったよ。そうだな。荒北に免じて、もう一度試験やるか。今回だけだぞ」
「サンキュー、さっすがァ」

嘘!まさかだった。
靖友さんの鶴の一声で、山岳は試験をやり直してもらえる事になった。




「荒北さーん、すごいですねぇ。助かりましたー」

職員室を離れた私達は3人で廊下を歩く。山岳は、先ほどの迫力はどこへやら。いつものふわふわモードに戻ってしまっている。
・・・なんだったんだろう、さっきの・・・正直、怖かった。
でももしかして、私のために怒ってくれたのかな・・・?

「ああいうジイさん先公はよ、ヤンキーを更生して感謝される〜みたいなのに弱えーんだよ。オレが落ちこぼれで助かったなあ不思議チャン」

そんな所まで考えてくれていたのか・・・。

「荒北さんがオレのためにあそまでしてくれるなんて、感激です〜」
「バッ・・・オメーの為なンかじゃねぇヨ!あー、アレだ・・・福チャンの妹が、随分ガンバってたみてェだし?・・・その、テメェが部活来れなかったら、福チャンの迷惑になンだろ!だからだよ、ったく面倒クセ・・・。ま、これで追試落ちたらシャレになンねーけどなあ」
「ホントそうだよ、山岳。追試、今日の放課後だからね!忘れず行ってね!」
「うん、名前さん・・・終わったら、いつもの教室に行くね。・・・今日は、必ず!」

二人で微笑み合っていると、靖友さんが「校内でイチャついてンなよ」と言って山岳の背中を蹴飛ばした。

靖友さんが来てくれなかったら、どうなってただろう。あの雰囲気ではテストをしてもらう事は難しかっただろう。
それに、さっきの山岳の雰囲気…再追試の交渉どころか、何をしでかすか分からない感じすらした。
靖友さんが来てくれて本当に良かった。たまたま通りかかったのかな?
とにかくこれで、山岳は改めて追試をしてもらえる事になったのだ。今度こそ、がんばってね!




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