- ナノ -

今度こそ



 いつもの登校時間よりすこし早い時間帯、他の生徒の姿は疎らだった。私は少し緊張しながら玄関をくぐり靴箱へ向かう。するとそこに、山岳の姿があって私は思わず、あっ、と短い声を挙げる。
その姿はいつも通りの彼に見えた。包帯やテーピングの様子も無い。顔色も悪くない。ただ違うのは、端正に整った眉が悲しげに下がっている事以外は。

「名前さん!おはようございます。それと…本当にごめんね…」
「山岳に待たされた事はたくさんあったけど、出迎えられるなんて…しかも、謝られるとは…」
「だって、心配かけたでしょう。それに、あんなに勉強みてもらったのに」
「…いいんだよ、そんなの、私だって謝りたい事ばっかりだもの。でも、まずは先生の所へ行こうっ」

山岳の姿を見て、少しだけホッとした。
私が今までに人に言ってしまって事は、取り返しのつかない事で。それは、山岳の怪我の大小に関わらず忘れて良い事では無い。だけど山岳が無事で、本当に、良かった…。
 でも、安心するのはまだ早い。私たちはすぐに職員室へ向かい、教科担任の先生の姿を探す。
通常の登校時間より少し早いが先生達はすでに来ていて、私達が声を掛けると、廊下へ促されてその先生と一緒に3人で廊下にて向き合う。


「先生、昨日はすみませんでした」


山岳がそう言って礼儀正しく腰を折った。
その先生は、大ベテランのおじいちゃん先生だった。山岳の姿を見て、深いため息を吐く。呆れているような眼差しだった。

「すまない・・・って、本当に思ってるのか?」
「思ってます。追試に行けなくて、すみません。もう一度試験、やってほしいです」
山岳は、運動部然としたはっきりとした口調で言った。
「はぁ・・・真波君、キミね。入学早々の試験で赤点とる生徒だなんて、まず滅多に居ないんだよ。それをお情けで追試というチャンスをあげたわけだ。だというのに、それにも来ないとはどういう事だ?聞けば君は遅刻や無断欠席の常習犯で、昨日も追試どころか学校にも来ていなかったそうじゃないか」

先生の言う事は、もっともだった。
そして先ほどから山岳の隣に立っているだけの私に目線を移す。キミは何だと言いたげだ。

「えっと・・・私は2年の福富名前です。真波君が所属している、自転車競技部キャプテンの妹です。兄に頼まれて、この1週間とちょっとの間、毎日真波君の勉強をみさせてもらっていました」

だから何だ、と瞳で諭される。迫力に負けてしまいそうになる。だめだ、引くもんか。だって山岳は、あんなに頑張って来たんだから。
大丈夫。昔から勉強も部活も取り組んできた私は、先生ウケは良い方だ。
任せて!と、心の中で山岳に誓う。

「あの…!昨日真波君が学校に来られなかったのは、体調不良のせいだったんです。お家の人もいなくて、学校へ連絡できる人が居なかったんです。私は彼と一緒に毎日勉強してきて、彼が追試をサボったりするような人じゃないってわかってます。…どうか、もう一度試験をしてください」

先生がジロリと私を上から下まで眺めるように見る。それは、どう見ても関心してくれている様子ではなく、どちらかというと品定めをされているような嫌な目線だった。


「・・・そんな不確かな話、信用しろというのか。入学早々、無断欠席ばかりの真波君を。・・・それから、スポーツ推薦で入学したのに、途中退部するようなキミを」


カッ、と頭に血が上るのがわかった。
だけどこれが今の私の評価の全てなんだ。山岳の役に立ちたかったけれど、私からソフトボールを取り上げられたらもう何者でもないのだ。
ーーーその瞬間。私の隣にいた山岳が一歩前に出た。


「名前さん、もういいから」


山岳の肩越しに見えたその瞳が、見た事も無い鋭さを放っている。声のトーンも、いつものふわふわとしたものではなくて。山岳、こんな表情もするんだ・・・。それは私に向けられたものでは無いのに、こちらまで身体が強張るような静かな迫力があった。




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