- ナノ -

消えた王子様 5




その日の夜は眠れなかった。繰り返し考えるのは、今日の事と、そして山岳と出会ってからの事。

 追試試験の前の日、山岳は夜にロードに乗って山を登ったのだろう。そして…落車してしまった。今日初めて知ったけれど、彼は子どもの時身体が弱かった。その影響もあったのか分からないが、翌日に学校へ行く事ができなかった。お母さんは泊まりの用事だったと言っていたから、山岳が学校を休む連絡をできる人は誰もおらず、授業も追試も無断欠席になってしまった。

 私の後悔が、彼と出会った頃まで遡っていく。
山岳にとってロードが、山が、どれだけ大事なのか、私も全く知らないわけじゃなかった。なのに部活に行かせないで放課後は毎日机に向かわせていた。追試まで日が無いっていうのもあったけど、その反動で山岳が夜にロードに乗ってしまったのかもしれない。
宮原さんだって、このままじゃいつか山岳は我慢できなくなるって言ってた。
私は山岳が夜にロードに乗ってたのも知ってたのに…。

あの時、もう少しロードに乗る時間をつくってあげられていたら…。

あの時、もっとしっかり夜に乗っちゃダメって叱っていたら…。

冗談でも、一体何が「マネージャー」なのだろうか…。


キリがないのはわかってる。わかってるけど、私は後悔と恐怖で胸が壊れそうだ。
私はいつか山岳に投げつけた心無い言葉を思い出す。

“あんたなんか、いっそ怪我でもしてみれば良い。それで一生自転車に乗れなくなって、やっと今の自分がどんだけ幸せなのか、気付けば良いのよ”

私、なんて事を言ったんだろう…。
…言葉には、魂が宿るという。

そして、身体が弱かった事だって知らなかった。山岳から感じる、透明感の正体はもしかしたらそれなのかもしれない。彼の中には強さと、そして目の前にいるのに今にも消え入りそうな儚さが共存していた。

−−−山岳と二人でロードバイクに乗った時、彼が言っていた。
『コレ、取り上げられたらって・・・また昔みたいな毎日になるのかって思ったらすごい怖くて』と。・・・あれは、身体の事があったからだったんだ。
気付く程に、自分の浴びせた言葉の残酷さを痛感する。




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