- ナノ -

約束 3



 名前さんを寮に送り届けたオレが自宅に戻ると、人の気配が無かった。ああそうか、今日は確か、親は泊まりで出かけると言っていた。鞄を降ろしながらキッチンへ向かうと、ラップをかけられた夕食が丁寧に並べられてる。
いただきます、と手をあわせて用意されたものを口へ運ぶ。食べながら、部活が無いと夜でもこんなに体力が余ってるんだなぁなんてぼんやり考える。いつもなら家に帰った後はへとへとで、ごはんを食べながら寝ちゃう事もあった。
…今日も行っちゃおうかな、山。
ほんとは夜にロードに乗るのは、名前さんからも、あと親からも禁止されてるんだけど。
こーゆーの、今日が最後だし良いよね?明日の追試が終わったら、またいくらでも部活でロードに乗れるんだから、きっと夜に乗らなくて済むだろう。だって今夜はなんだか、そうでもしないと居ても立っても居られないカンジなんだ。

 夜に乗るロードも好きっていうのもある。危ないのは分かってるし、昼間の方が断然に心地良い。風や木々や、陽の光を感じながら登る山はサイッコーだ!
だけど夜には夜の魅力がある。オレはロードの全てが好きだ。自分以外の全ての生物が眠ってしまってる中で乗ると、自分の心音と呼吸だけが研ぎ澄まされていく。

 …そして、それだけじゃない。
オレは最近、そうでもしないと名前さんの事ばかり考えてしまうんだ。
それは決して嫌なことじゃあない。でも、なんていうか、じっとしては居られなくなる。駆け出したくなる。

 これは、何なのだろうか。何をしてても、名前さんの事を考えてしまう。
うまいメシを食べたとき、名前さんの好きな食べ物は何かなって想う。
可愛い鳥を見たとき、今度名前さんに会ったら教えてあげようって想う。
綺麗な景色を見つけたとき、名前さんを連れてきてあげようって想う。

ーーーああ、そうだ。この前すっごく綺麗な場所を見つけたんだった。
明日の試験が終わったら、名前さんをあそこに連れて行ってあげるのはどうだろう?おお、いいかも!きっと喜んでくれる、ゼッタイ!それで、あの場所で告白しよう。


名前さんの、笑顔が。
声が。
頬の柔らかさが。
瞼に、耳に、指に、こびり付いたみたいに離れない。まるで小さい時に絵本で読んだ呪いのようだとも思った。こんなに人の事を好きになったのは初めてだった。あの子が側にいる時も居ない時も、彼女の全てが苦しい位にオレの胸を締め付ける。だけど、もっと味わっていたいと思えるような居心地良い苦しさだった。

ああ−−−オレ、今日もダメみたいだ。
今すぐ、山に登りたい。


オレは本能の導くがままに、玄関の扉を開けた。そして吸い込まれるように、春の夜へと駆け出して行く。





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