- ナノ -

約束 2


「・・・あ!」

 突然、ロマンティックな雰囲気をぶち壊す、山岳の素っ頓狂な声が響いた。

「な、何?山岳」
「いっけね、忘れる所でした。オレ、名前さんに渡したい物があって・・・」

 制服のズボンのポケットから、何かを探す仕草をして。ハイ、と手の平に包んだまま私の前に突き出してくる。

「名前さん手、だして」
「えー・・・ヤダ、何か変な物じゃないよね?ゴミとか」
「もう、ひどいなあ」

何を仕出かすか、いつも想像ができないのが彼だ。でもだからこそ、その先が気になって、気がつくと惹き込まれている。
 恐る恐る、私が右手を差し出すと、山岳は「そっちじゃなくて」と言って、私の左手をとった。そしてポケットから取り出したそれを、私の薬指にはめる・・・って、ちょっと待ってっ、これってもしかして・・・!?

「綺麗でしょ?」

まさか、指輪・・・?

それは、女の子なら誰しも憧れて夢を抱くもの。
元体育会系とはいえ、私だってそれは例外じゃない。

−−−と、思いきや・・・

確かに、左手の薬指に何かはめられはした。
でもこれは、指輪ではない。
サイズもぶかぶかだし。
肌触りも、ちょっとザラついてて・・・

「え、石!?」

それは、一円玉くらいの大きさの石で。中心に大きく穴が空いていて、そこにすっぽりと私の薬指が収まっていて確かに指輪のような格好にはなってる。
唖然としている私をよそにして、山岳はどこか嬉しそうにその石を見つめている。

何これ?!嫌がらせ・・・?!
−−−いやたぶん、本気だ。
これは恐らく、嫌がらせでも冗談でもない。

「昨日の夜、ロードで山登ってたら見つけたんです。ちょっと、休憩してるときに。こんな形の石、見た事無い!って思って・・・それにキラキラしてて、すっごく綺麗で。名前さんにあげようと思って、持って来たんです」

石を指にはめられたという事態にキャパオーバーをおこした私は、その石の色まで見ていなかったけど。山岳に言われてよく見てみるとその石は、確かに美しい色をしていた。一見、よくある灰色なのだけど角度によって淡いブルーが霞んで見える。へぇ、見れば見る程綺麗。こんな石、初めて見た。
・・・でもよく見つけたなぁ、こんな小さいの・・・。

しかし、私にあげようって思って持ち帰って来たって・・・ふふ、何それ。犬じゃないんだから。
でも山で見つけた石をくれるなんて、山岳らしくて微笑ましいかも。

私は、たとえそれが本物の指輪じゃなくたって、何だって十分嬉しかった。
だって彼の愛してやまない場所で、大好きなロードバイクに乗っている最中に、私の事を思い出してくれたという事だよね。
そう思うとすこし照れ臭いけど、すごく嬉しい。

「名前さん…」

突然、山岳が妙に真剣な声色で私の名前を呼んだ。
顔を上げて目線を石ころ、もとい指輪から山岳へと移すと彼の真剣な瞳に射抜かれた。するとその瞳の中にはたった一人、私の姿だけが映る。

「今日まで本当に、ありがとうございました」
「なにそれ、そんな風に言われると何だかお別れみたいじゃない…」
「そんなんじゃないよ、でも感謝してるんだ。オレ、明日頑張ります。鉛筆転がして勘で、とかじゃなくて真剣に」

当たり前でしょっ、と口を挟もうとした、その時。
山岳が、ゆっくりと屈む。
その姿は妙に綺麗で何も言えず見入ってしまう。
そしてーーー山岳は、私の左手の薬指。彼がくれた石ころの指輪の付いた指に、そっとキスを落とした。

自分でも信じられない程に胸が詰まる。
ここは、ただの高校の通学路で。彼が口付けたのはただの石ころの指輪だ。
ここが夜景の見えるホテルでもなければ、指輪だって宝石なんかじゃない。だけど目の前の全てが輝いて見える。彼が箱学の王子様だから?違う…これが、恋というものなのだろうか。

狼狽えて声も出せずにいる私を、山岳は上目遣いで見て、小さく笑った。そして、だいすきだよ、と呟いた。いつもののんびりとした声色ではなく、深く真っ直ぐな声で。




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