いよいよ山岳の追試試験が明日に迫った。二人での勉強会も、とうとう今日で最後だ。追試試験を想定して行ったテストプリントも彼は完璧で、これなら恐らく明日の今頃は兄へ良い報告ができるはずだ。
「じゃあ、帰りましょー名前さん。うわぁ、もう外真っ暗!」
最後の勉強会を終えた私たちは、二人で学校を後にした。山岳は自転車を押し歩いて、私を寮まで送ってくれる。
このところはそうして一緒に帰るのが毎日の事だったが、今日だけは今までのどの日とも違う・・・やっと試験を迎えられる達成感と、ほんの少しの寂しさがあった。
「・・・今日で終わりなんですね。なんていうか、あっという間だったなぁ」
愛車のロードバイクを優しく押し歩きながら、山岳は前を向いたまま、ぽつりと呟いた。
「…そうだね。少し前はまだ山岳の事知らなかったなんて、信じられないな」
「ですねぇ。名前さんの第一印象、最悪だったなぁ〜」
「えっ・・・なにそれ、山岳にだけは言われたくないんだけどっ」
「アッハハ。そういう風に、怒ってばっかりだったなぁ〜って。でも・・・こんなに好きになるなんて、思わなかったなぁ」
そう言って山岳が私を見る。春の優しい月明かりが山岳の微笑みを朧げに照らしていて、ハッと目が奪われる。
…コイツは…なんでこういう事、平気で言えるんだろう!?
「あ、名前さん照れてる」
「照れてない」
「ふふっ。そういうところも可愛くて…好きです。名前さん、口で言わない事も顔とか態度に全部出てるの知ってます?」
「えっ、嘘!?」
「あはは、ホラ!顔真っ赤だよ」
ロードバイクを軽く止めて、山岳が私の頬へ手を伸ばす。私は、逃げたり手を払ったりすれば良いくせに黙ってされるがままになっている。
「ほんと・・・かわいい、です」
片手で優しく私の頬を撫でながら、彼は目を細める。
「ちょっ…ば、ばか。そんなの、先輩に言う事じゃないでしょ」
「うん。だからオレ、はやくあなたの彼氏になりたいです。だって本当は今、ぎゅーってしたい。・・・キスしたい、って思ってます。今すぐ」
山岳の言葉に、頬が火照り胸が弾んだ。
彼の瞳は、夜の星たちのちいさな輝きの元でさえも恐ろしくきれいで。高鳴る心音がはっきりと自分で聞き取れる位に大きく打っている。
早く明日が来てほしい。でも、永遠にこの星空の下に二人で居たい。美しくて幸せな夜だった。