- ナノ -

彼氏 3


「それならさ、追試が終わった後でも一緒にいられて名前さんも寂しくないでしょ?それに、名前さんが笑うようになったのオレのお陰なら、オレたちって絶対一緒に居た方が良いじゃない。オレだって、キミと同じ気持ちなんだから!」
「えっ!?ちょ、ちょっと…一緒にいるのはともかく、”彼氏”だなんて、アンタ意味分かって言ってるの?」
「んー…キミと一緒にいたい。ひとりじめしたい。それから、もっと笑ってほしい。…これってもしかして、『恋』なんじゃないのかなあ、って気が付いたんですよ。初めてだから、よく分からなかったけど…。ねぇ、名前さんは?キミはオレの事どう思うの?」
「えっ…本気なの…?」
「オレが、聞いてるんだけど」

答えて?と言って、山岳はその整った顔を私にグッと近付ける。なんて強引さだろう、いつも質問に質問で返すのはソッチの方だっていうのに。

彼が本気かどうかは胸の上に置かれたままの自分の手から十二分に伝わっている事だった。
近づけられた顔は、頭がくらくらするくらいにかっこいい。ずるいよ。年下のくせに、天然のくせに、私は振り回されてばかりいる。

「え…いきなりそんな…答えられないよ。私だって山岳のこと言えないくらい、恋愛のことなんか分かんないし…。でも山岳と居られなくなるのは、確かに寂しいよ。あと、私だってドキドキしてる。たぶん、あなた以上に」

「ホント?さわってもいい?」

言うが早いか、彼は空いているほうの片手をふわりと私の胸の上に置いた。

「うーん・・・?ちょっと、わからないな」

ぎゅ、と乗せられた手に力を込められる。やっと状況を理解した私が声をあげようとした時、教室のドアが開き静かな教室に聞き覚えのある声が響いた。



「真波、失礼するぞ!勉強もいいが、そろそろ部活に・・・」


入ってきた尽八さんが、私たちを見て硬直したのは言うまでもなかった。
どうやら練習の誘いに来たサイクルジャージ姿の自他共に認める美形は、チームメイトの妹の胸を揉む後輩の姿を見て凍り付いていた。
さきほどから予想外の出来事の連続で、同じく私も凍り付いていたが当の山岳だけは「あ、東堂さんだ」なんてのん気な声を出している。


「な!?真波、これは一体どういう事だ!?まあいい、言わずともだいたいの事はわかる!そうかおまえ、名前と・・・そういう事になっていたのだな。良かったではないか。だが、部活にもちゃんと出るのだぞ。名前はフクの妹だ、その当たりも心得ているだろうからオレも安心といったところだ。今日の所は見逃してやる。失礼したな!わっはっは!」


一方的なマシンガントークを残して、尽八さんは去っていた。どう考えたって勘違いしている。いや、無理もないのだけど、この状況じゃ。
深いため息をつく私とは対照的に、山岳は『大変な事になっちゃいましたねえ』なんて言って相変わらずふわふわと私の胸を触っている。
っていうか、尽八さんが入ってきた時点で離れていればこんな事にはならなかったのかもしれないけど・・・私も色々な事にびっくりして、身体が動かなかった。


「ちょっと山岳、はなれてっ」

ぐい、とやっと力を振り絞って彼の身体を押しのける。

「えー。なんでですかあ」
「なんでですか、じゃないから!ば、バカ!ほんとバカ!何考えてんの!?つ、付き合ってるわけでもないのに、こんなにべたべたくっついてるのおかしいし、尽八さんにも誤解されちゃったし・・・ああもう、明日尽八さんの所へ行って説明しないと」
「何て説明するんですか?」
「え?だから、その・・・」

た、確かに。
でもでも、なんとかしないと・・・尽八さんって口軽いっぽいし、チャリ部の中で変な噂になったらどうしよう。
キャプテンの妹が、勉強会って言ってルーキーを部活にも出さないで教室で誘惑してた、なんて。下品な週刊誌の見出しみたいじゃん。




「ね。オレたち、両想いだね?」



えへへ、と嬉しそうに笑う山岳がたまらなく可愛くて、そうだねなんて言ってしまいそうになるが私は慌てて自分の心を律した。このやろう、人の気も知らないで。


「ねぇ名前さん。ちゅーしません?」
は、はぁ?!
「し、しません!なんでそうなるのよ、追試に受かったら付き合うって話じゃなかったの!?」
「あ、受かったら付き合ってくれるんですねー。じゃあ、受かったらちゅーもしてくださいね!」
「えっ、ちょっと…とにかく受かってからでしょ、話は。もう!勉強するよ!」
「オレと付き合いたいから、勉強させようとしてるんですかあ?」
「違います!」
「…そっかぁ。名前さんはオレの事、キライなんだね」
「あ、いや、嫌いとかじゃないし、むしろその」

あわてふためく私をみて、山岳はおかしそうに笑ってから「じゃ、やりますかー」と言って再び鉛筆を手にした。
・・・コイツ、ただの不思議ちゃんじゃないよね?結構、いい性格してますよね!?

・・・本当、ずるいったらないよ・・・。





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