- ナノ -

彼氏 2




「その前に…さっき名前さんさ、私の事好きかって聞いたでしょ。その答えから話してもいいかな?」

ドキン、と心臓が跳ねる。まさか先程の話題が戻ってくるとは思わなかったのだ。

「本当にオレ、分からないんです。名前さんへの気持ちが。だから一緒にいたいって思ったんです。いくらレースに出たくても、放課後に部活をしないで勉強なんて今までのオレなら絶対にありえない。あなたと一緒にいたかったからです」

 私は何も言えずにいた。彼の言葉はすごく嬉しかった。だって、私も同じだったから。
はやくロードレースの世界に戻してあげたいけど、勉強会が終わるのは寂しかった。私も、山岳と一緒にいたかった。
…だけど、今までだって私は奴に期待させられて、結果とんちんかんな事を言われて振り回されてきた。今の話だって普通に考えたら告白の流れみたいだけど、恐らく違う気がする。

「あれ…名前さん、何か疑ってます?」
「疑ってるというか…。山岳の気持ちは嬉しいけど、あなたの話はいつも想像の斜め上に着地するから、油断禁物って思ってる」
「あはは、何ソレ!名前さんって、変な事言うよねー」
「アンタには言われたくないって!」
「言葉で分かってもらえないなら…手、かしてください」

そう言って山岳は、握っていた私の手をとって彼の胸においた。
制服の上からでも伝わる、彼の胸のごつごつとした硬さと・・・鼓動。

「わかります?オレ、すっげドキドキしてるんだ。こんなの、坂登ってる時以外で初めてなんだ。キミといると思い出すんだ、ロードに初めて乗った日の事」
「ちょっと山岳!?あ、あのさあ、こういう事されたらっ…普通、勘違いするよ!?それに、ご褒美と何の関係があるの、ご褒美の話してたんじゃなかった!?」
「いい質問!じゃーここからはご褒美の話ね。その前に、もうひとつだけ。名前さんって、最初より笑うようになったね?それはどうしてですか。オレ、キミの笑った顔がすごく好きなんだ」

手の平から彼の鼓動を感じた。熱い。でもこの熱がどちらのものか分からないくらい、私も身体に熱を帯びてる。
彼のくれる言葉はなぜこんなにも私の胸に刺さるのだろう。深く食い込んで、抜けそうもない。山岳のくれる言葉の全てが、私を嬉しくさせる。

「ねぇ、どうして?」
何も言えない私に彼はもう一度聞く。
「わからないけど…山岳といて、変わりはじめたって自分でも思う」
なんとかやっと、そう言うと、彼ははにかんだように笑った。
「じゃ、オレのお陰…ってコト?」

そんな、期待に満ちた声で尋ねられても。
私は答えられずに、俯いてしまう。
それがもう、答えのようなものだけど。

山岳に出会ってから。
朝起きて、学校へ行くのが楽しみになった。
授業中、放課後にはやくなれと思うようになった。
過去に戻りたくて仕方無かった私が、未来を楽しみに思うようになった。間違いなく、彼に出会えて変われた。


私がいつまでも答えられずにいると、山岳は胸の上にそのままになってる私の手をぎゅ、とやさしく包んだ。

「ねえ。じゃあ、さ・・・オレが追試に合格したら、名前さんにご褒美って事で。オレを、彼氏にしてくれない?」

彼の突然の告白に、驚いて顔を上げる。
きっといつものにこにこ顔で、『マネージャーになって』って言ったときのような本気とも冗談とも読めない表情をしているのかと思った。

けれどそこには、真剣な瞳をした彼の顔があった。





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