- ナノ -

私、宮原といいます 3


 教室に入ると、真ん中あたりの椅子と机が二つずつ仲良く並んでくっついていた。名前先輩が当然かのようにその一つに座ったので、私もおずおずと着いて行き隣の席に並んで座る。
もしかして、もしかしなくても、いつもこうしてこの場所に山岳と座っているのかしら?
 ふいに、先輩の事を話す時の山岳の優しい顔が浮かんだ。
二人きりの時も、あんな顔で話すのかな。
小さい頃からずっと一緒にいたけど、あんな顔は一度も見た事がなかった・・・そう気付いてしまって、また胸が痛んだ。

何故?
自転車に乗る彼を幼馴染として応援したいだけなら、なぜ、胸が痛むのだろう。


「私、”委員長”ってなんだか勝手に男の子だと思ってたよ」

そんな私の気も知らず、先輩は明るく私に話しかける。

「そうだったんですか?…あのう。どうして、私と話したいって思ったんですか」
「前から思ってたんだよ!山岳がよく宮原さんの話してたから、どんな子なんだろうって気になってたんだ。それにさ、私、山岳と知り合ったばかりだけど、宮原さんは幼馴染でしょう?もし良かったら山岳の事、教えてよ。勉強会する上でも、そういうのって知らないよりは良いかなって」

そう…、そうよ。
名前先輩が、どんなに素敵な人だったとしても、私の方がずうっと山岳の事を知ってる。

「山岳は、昔からずっとあんな感じで、ぽーっとしてましたよ」
ご存知ないかもしれませんが、と私は皮肉をいっぱい込めて言った。
「ふふ。昔からなんだ」
「自転車に乗ってるときは、別人みたいにかっこ良・・・いえ、別人みたいにキリリとしてますけど。そもそも、山岳がその自転車に乗るきっかけをつくっただって私という事になりますしね。だけど山岳ったら自転車に夢中になってしまって、授業態度とかテストとか本当に適当なものだから…私がずっと、彼の分もノートをとったり、一緒に勉強したりしてきたんです」

自分で言っていて、なんだか嫌だなぁと思う。まるで自慢みたいじゃない?私、こんな事言いたかったわけじゃなかったはずよね?
ちらと名前さんを見やると、意外にもキラキラした瞳でこちらを見ている。…え?この人、私の話で嫌な気分にならなかったのかしら。
それどころか「すごい!じゃあ山岳がロードに出会えたのは、宮原さんのおかげなんだ!」なんて言って、熱い眼差しを向けられている。うーん、これは一体。…まぁでも、嫌な気分にさせていなくて良かったわ。

そして私は、ドキドキと胸を打ちながら、意を決して再び口を開く。一番言いたかった事、伝えなくっちゃ。

「あのう、先輩。山岳に勉強をつけてくださるのはありがたいんですけど、自転車にも乗せてあげてください。って、私が言うのもおかしいですけど・・・。先輩は山岳のそういう所、ご存知ないかもしれないので。きっとこのままじゃ山岳、どこかで爆発しちゃいますよ」

山岳が、何かに縛られるのなんて嫌だ。
彼には自由にあってほしい。勉強は大事だけど・・・勉強にばかり縛られてるのは彼らしくないし、口を開けば「名前さん」ばかりなのも、らしくなくて嫌。

でも、だからって口から意地悪な言葉ばかりがこぼれる自分は、もっと嫌。
その度に、自分の心も傷つくような気がした。
ぎゅ。スカートの上で手を握る。なんだか怖くて、先輩の顔が見れない。
せっかく勉強を見てくださっている人に対して、部外者の私が何を言っているんだろう。しかもさっきから、矛盾ばかりじゃないの。…自分が1番分かってる…これは山岳の為なんかじゃない。これはーーー、

ーーーぎゅ!
ひとりで強く握りしめた私の拳を、名前先輩が両手で包んだ。
えっ?
私は驚いて、ずっと俯いていた顔を上げると、先輩は怒るどころかさっきにも増して瞳を輝かせている。

「宮原さん、すごいねえ!!」

….は、はい!?

「宮原さんって、山岳のこと好きなんだね」
「へッ!?何を!?好きじゃないですよ、私は幼馴染として…ッ」
「ーーー私も、好きなんだ」
「…え、」

胸が、詰まる。言葉も出ない私に、名前先輩は真っ直ぐに続けた。

「自転車に乗ってる山岳が好き。だから、心配しないで欲しい。私が勉強を教えてるのは、彼にロードレースを頑張ってもらう為だけにだよ」

曇りの無い言葉に、私は胸が熱くなる。

「宮原さんはすごいね。仮にも先輩である私にそんな事言うの、勇気いったでしょう?…震えてるの、分かったよ。自分の為じゃなくて他人のためにそんな風にできるの、すごいよ」
「…違うんです。私は…」

 なんだか彼女が眩しくて、私はもう一度俯く。ポタリ、と、スカートに涙が溢れる。

本当は、分かっていた。私の胸の突き刺さった痛みの正体くらい。

山岳が遠くに行ってしまうのが、寂しくてたまらなかった。自転車の事でいっぱいだった山岳が、確実に今、それだけじゃなくなってる。
恋なのかは分からないーーー私も、それから名前先輩も。

彼女は山岳の為に、自分にできる事をしている。ーーー私は、どうだろう。





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