- ナノ -

私、宮原といいます 2


 名前先輩の教室の前と思われる廊下で、私は一旦深呼吸をし、頭の中を整理する。ええと、何を言いに来たんだったかしら、そうそう、言付けを伝えるんだった。そして、幼馴染の山岳がお世話になっているお礼。それともうひとつ…勉強ばかりさせないでくださいって言わなくちゃ。先輩に失礼な事なんて言えないけれど、山岳がどれだけ自転車を大好きなのか、きっと知らないだろうから。
・・・あれ?でもこれって、いつも私が山岳に言ってる事と真逆じゃない?

いえいえ!一言くらいアドバイスしてさしあげたいわ。ええそうよ、先輩といっても1年早く生まれただけじゃないの。それに、山岳との付き合いは私の方が長いのだから!
意を決して、ドアに手を掛けようとした瞬間、


ーーーガララ、
勢いよく扉が開いて、中から出てきた女子とぶつかりそうになる。驚いてよろけた私の肩を抱いて、その女子はまるで王子様みたいに「大丈夫?」と聞いた。

「はい、だ、大丈夫です」
「ごめんね!怪我してない?」
彼女の腕の中でドギマギして見つめた瞳は、あまりに真っ直ぐだ。私は見ていられなくなって、彼女から身体を離して言う。
「大丈夫です。それに、ドアの前に立っていた、私が悪いですから」
「いやいや、飛び出しちゃった私も悪いって」

彼女が申し訳なさそうに頭をさげると、その美しい髪が揺れた。綺麗。それに、優しそうな人。

私がどこも痛めていない事を確認すると、じゃあ人を探さなきゃいけないから、と言って立ち去ろうとする。その横顔を見て、もしかしたらこの人が?という思いが過ぎった。
開けられたままのドアからちらりと教室を見渡してみると、他に人の気配が無かった。という事は恐らく・・・この人が、”名前さん”だ。

「あの…福富名前先輩、でしょうか?」
「え…?うん、そうだけど」

そう言ってぱちぱちと瞬きをするだけで、彼女のまつ毛の長さが伺えた。全てが綺麗だ。すらりと伸びた手足も、落ち着いた表情も、中学生の頃の”先輩”とは違う気がする。これが、高校生。
ひとつしか年は違わないはずなのに、はてしなく遠い存在に感じる。


「…ええと。私、宮原といいます。福富名前先輩が勉強を教えてくださっている真波山岳の、幼馴染です」

そう名乗れば、彼女はすこし考えてから何かを思いついたように小さく笑った。

「もしかして、”委員長”?」
「えっ!?あ、はい、そうです」
「あはは、やっぱり!マナミ…じゃなくて、”山岳”が、よく話してたから」

…え。名前先輩も、山岳の事名前で呼んでいるんだ。

「それで、私に何か用事かな?」
「あっハイ。ええと…山岳は今日、掃除当番なので先輩のところへ行くのすこし遅くなるって…連絡しようにも、携帯を忘れたからできなかったみたいで」
「あーそっか、だからさっきから繋がらなかったのか」
「はい。お待たせしてしまって、ごめんなさいっ」

ぺこっと頭を下げると、「なんで宮原さんの謝るの?」とカラリとした気持ちの良い笑い声が響いた。

「気にしなくていいよ。山岳のとこが遅いんじゃなくて、今日2年が終わるの早かっただけだから。特別授業だったんだ」

なるほど。二年生の廊下や教室に、他に人の気配が無かったのはそのせいだったのね。
 一通り連絡事項が終了すると、二人の間にシーンと気まずい沈黙が流れた。うう、この人に言いたい事は色々あったはずなのに、いざとなると何も言えないじゃないの。

「宮原さん、この後すこし時間ある?もし良かったら、山岳を待ってる間に少し、話さない?」

そう言って教室を指差してくださった名前先輩に、私はチャンスと思って二つ返事で了承した。





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