- ナノ -

アイドル 3


 それにしても真波、いつから居たんだろう!?そういえば、この前も朝に突然現れたし。神出鬼没な男だ…。
それに、さっきははぐらかされたけど、どこから聞いていたのだろうこの子は!?私、何しゃべってたっけ!?考えると、顔から火が出そうだった。

「って、ちょっと!勝手に食べないでよ私のタコライスッ」
「え。だってコレ、名前さんのですよね?」
「なんで私のなら貰って良いと思ってるわけ?…ねぇ真波、さっきの話いつから聞いてたの?」
「え、くれないんですか?」

 きょとんとした表情で彼は先ほどまで友人が座っていた、私の隣に腰をかけた。
ふわ、と彼のさわやかな香りがした。
それだけで、酷く胸が高鳴る。

「ちょっと…質問をはぐらかさないでよ、真波っていつもそう…しかも、何で隣に座ってんのよ!」

 ちらちら、と私はふと周囲の視線の痛さに気付く。食堂の生徒たちの視線が集まり始めているのだ。
ああそうか、この子ってアイドル扱いされてるんだっけ。
ましてや相手は私で。こんな二人の組み合わせに、生徒たちの好奇心が疼いているようだった。

「あれ?名前さん、どうしたの」
「どうしたのはこっちのセリフよ、なに図々しく隣に座ってるのよっ。アンタ目立つんだから、こんな人の多い所で話しかけるのやめて!私まで注目されちゃうし、誤解されるんだから」
小声でお説教をしながら立ち退かせようとする私の事なんてまるで気にしない様子で、むしろ私の言葉とは真逆の行動を起こした。よもや大きな声で、とんでもない事を口にする。

「なんで”真波”なんて呼ぶのさ。”山岳”って名前で呼ぶって、昨日二人きりで約束したじゃない!」

ーーーざわ、と、周囲の生徒が色めきたった。
さ、最悪。ああ、もう!なんて事を人前で言うのよ、誤解されたらどうするの?

「…わぁ、もうこんな時間!大変、教室に戻らなくちゃ」

これ以上コイツとここに居ればもっと厄介な事になりそうだ…私は退散という選択をし、友人達の分の食器も自分の食器と一緒に手早くまとめて椅子から立ち上がった。

…が、しかし。
グイと腕をつかまれる。

「ちょ、ちょっと!真波…!?」

離してよと言っても手を緩めてくれる気配は無い。彼は私を上目遣いでじっと見つめる。私は両手に食器が乗ったトレーを持っているし、振りほどく事もできない。

「名前で呼んでくれるまで、離さない」

捕らえられた腕には、彼の手の熱が伝わる。真っ直ぐな瞳に私の心は乱れる。

真波と出会ってから私はおかしい。
今…この手を離してほしくないなんて、思ってしまっている。
名前で呼べば、彼を喜ばせる事ができるのかな、なんて思ってる。


「へー。福富名前さんと真波くんって、付き合ってるの?」
「そうかもね、超ビックリ!」



聞こえてきた他の生徒たちの声に、はっとして我に返る。

ダメだダメだ!こんな場所で、こんな風に彼のペースに巻き込まれてしまっては。真波がどういうつもりでこんな事してるのかは分からないけど、これじゃ本当に誤解されてしまう。


「えっと、真波、離して。もう授業に行かなきゃ」
「お昼休みが終わるまでは、まだまだあるけど?」
「え!?いや、なんていうかその、私ってせっかちだから!!」
「いいじゃない。ね?もう少しここで、話していようよ」

やっぱり付き合ってるんだよ、なんて噂声が周囲から飛び交い始める。大勢の生徒のいる食堂で私の腕を掴む真波と、立ち話をする私は、確かに客観的にはイチャイチャしてるように見えるのかもしれない。
いっぱいいっぱいになる私とは対照的に真波は何だかにこにことしていてご機嫌だ。何でよ?コイツ何か楽しんでない!?


「ねえ、名前さん。さんがく、って呼んでほしいな?」

 ーーーダメだ、コイツには勝てそうもない。彼のペースにいつも飲まれてしまう。
私はとうとう降参して、山岳、とちいさく呼んだ。





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