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アイドル




「名前、今日の放課後カラオケ行かない?」
「…ごめん、パス」

 昼休みの食堂は、今日も大勢の箱学生で賑わっている。私はお弁当の時もあるが、今日は女友達4人グループで学食を楽しんでいた。

「えー!なんで?なんか名前、最近付き合い悪い!」
「確かに名前、放課後忙しそうだよね。バイトでも始めたの?」

 そういえば、友人達に真波の事はまだ話せていなかった。良いタイミングだ、話してみようかな。
あの問題児は私ひとりではちょっと手に負える気がしない。あと、例の”マネージャー”だの何だのっていうのも、この子たちに相談したら何か解決のヒントがもらえるかも。もしかしてああいう言葉が最近の高校生の中では有る事なのかも?
私はずっと部活三昧だったから、流行りにはよく取り残されていたしなぁ。

「実は最近、放課後に後輩の勉強をみてて…」
「へー。ソフトボール部の?」
もぐもぐ。友人達はさして興味無さそうに、それぞれに学食を頬張りながら私の話を聞いた。
「ううん、自転車部。お兄ちゃんに頼まれて」

 自転車部、と私が言った瞬間、友人達の瞳が輝いた。

「えっ!?すごーい!自転車部!?」
「まさか、名前にもとうとう春が!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなんじゃないってば。超フシギな一年生だよ、真波山岳っていう」

箱学自転車部は有名…とはいえ、真波は入学したばかりの一年生。名前を言ったって、どうせ誰も知らないだろうなと思った私の考えは、どうやら違うらしい。友人達目の色が変わった。その食いつき具合は、先程の比では無かった。

「真波山岳ぅ!?」
「って、あの真波山岳?」
「えっ…何、”あの”って…あの子まだ1年生だよ」
「だから、すごいんじゃん!」

あまりの熱量にちょっと押され気味な私とは対照的に、友人達は興奮ぎみな様子で「1年生で今年のインハイメンバーに選ばれるかもしれないんだよ」「そうなったら箱学史上初だよ」と私に詰め寄る。…ええ?真波って、そんなに有名人だったんだ…。

「真波くんかぁー…近くで拝んでみたいなあ、名前が羨ましい!」
「超イケメンだよね」
「っていうか美少年系?」

 楽しそうな友人達の会話に、私の頬はひくひくと引き攣る。彼女達は知らない…真波の自由人ぶりを。確かに顔だけ見てると、素直そうで爽やかなルックスなんだけどね。
私は実に微妙な気持ちで、タコライス定食を口に運んだ。ああ最高においしい!久しぶりに食べたけど、箱学の学食は最高だなぁ。…そういえば最近、食欲が戻ってきたのかも。

 その時、食堂が俄かに華やいだ。キャーッ、東堂サマー、と 尽八さんのファンクラブの女子生徒の声がする。どうやら自転車部の3年生が昼食を食べに来たようだった。

「あ、東堂サマだ。目の保養、目の保養」
「わぁ…いつもの事ながらすごいね、尽八さん!ファンクラブまであるなんて」
「何言ってんの、名前。真波くんだってファンクラブあるんだよ」

 友人の発言に、私は飲みかけていたジュースを吹き出しかける。えぇ!?マジですか?

「なるほど、それでかぁ。名前が最近楽しそうなの!イケメンに癒されてたってわけね!」
「そ、そんなんじゃないってば!楽しいっていうか、大変なんだよ!」

私はそれから、友人たちに例のマネージャー宣言の件を話し始めた。





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