- ナノ -

気持ちの正体



名前さんは、不思議だ。
荒北さんとかはよくオレの事フシギって言うけど、オレからしたらよっぽど名前さんの方が不思議だ。

 最初は福富さんの妹ってどんな人だろうって思った。でも、勉強なんてめんどくさいなーって思ってた。で、会ったら会ったで、なんだかカリカリしててすぐ怒るし。…まあ、オレが遅刻したりしたのが悪いんだけど。
名前さんは、福富さんに顔は似てないけど、荒北さんが福富さんに言ってた”鉄仮面”って所は似てるなあ、なんて思った。ぜんぜん笑わないし…可愛い顔してるのに。笑ったらどんなだろう?って、そこには興味があった。まぁ、ちょっとだけだけど。
だけど勉強はイヤだし、まぁ雨で自転車に乗れない日に屋内でトレーニングする位なら名前さんとしゃべってみても良いのかなって程度の興味だった。

だけど、あの日−−−名前さんがオレの事、最低だって怒った日。
すごくショックだった。
怒られた事だけじゃなくって…
オレもロードを知る前、真っ暗な世界にいた。きっとこの人も今、あそこにいるんだって思ったら、すごく悲しくなった。

だからちょっとでも喜んでほしくて。笑ってほしくて。
オレはそれを委員長にもらった。委員長がオレに、ロードをくれたんだ。
そんな大層な事がオレには出来るとは思ってないけど、でも、オレを嬉しくさせるものを伝える事だけは出来る。
オレを喜ばせてくれるもの…それは、ロードが教えてくれたもの。そのひとつに、大自然の美しさがある。そしてこの学校の魅力は何より、箱根山に囲まれてる事だ!あのキラキラした世界を毎日近くに感じられていることは、名前さんやオレのように箱根学園に通っている人の特権だ。
ましてやこんなに緑や、風や、太陽をめまぐるしく感じながら戦えるスポーツってそう無い。きっと箱根山が名前さんに元気をくれる。絶対に。
それで、山に連れ出したんだ。

つまり一緒に山に登ったのは最初、名前さんの為だったんだけど…走ってたら、オレの方が楽しくなっちゃった!
だって、オレに追いついて来るなんて!
そりゃ、名前さんはスポーツやってたとはいえ女の子だからオレも全力では漕がなかったし、スタートのときのフラフラ具合みてたら、こりゃダメかななんて思ったのに。
ーーーああ、楽しかったなあ。
名前さんは、身体の勘が良いのか、山に愛されてるのか、どっちかだなんだろう、きっと。

それでオレ、嬉しくなって、わくわくしたのに…彼女ったら、急に、泣き出すんだもの。
そうかと思ったら、オレの事かっこいいって言って、笑ってくれた。

…あのとき、初めて笑った顔をみた。

笑った顔、すっごくすっごく可愛くて。思ってたより、ずっとで…。きらきらしてて。目が離せなかった。もっと見てたい、って思った。
誰かの事、そんな風に思うのは初めてだった。
それに心臓がぎゅうって、掴まれたような感じがした。あれは何だったんだろう?だってオレ、ぜんぜん全力で走ってない。
山を登ってるときと、似てるけどちょっと違う…、苦しいような、幸せなような、そんな気持ち。ロード以外で、あんな気持ちになれるなんて初めてだった。


あの気持ちの正体を。
名前さんの事を。
もっと知りたい、って思った。




「真波、パワーバー苦手?」

名前さんは、不思議なコトだらけだ。

名前さんの笑顔を見た時の息苦しさは何なのだろう。それから今、このパワーバーを見ているオレの心の中のモヤモヤも。







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