- ナノ -

恋だな



 私は今、お昼休みのひとときを思い思いに楽しむ先輩たちを潜り抜け、とある人を探している。兄がいる学年とはいえ、3年生の教室が並ぶフロアを歩くのは落ち着かないなぁ。
 私が探しているその人とは、荒北靖友さん。…私が腕に抱えている紙袋の中に入っている、ジャージの持ち主だ。

靖友さんのクラスを覗いたり廊下を探したりするも、なかなか見つけられずにいた。そしてその間も、身体は激しい筋肉痛に悲鳴をあげている。情けないけれど昨日の真波とのサイクリングに、相当やられているのだ。
筋肉痛にはなるし、マネージャーだとかわけのわからない事を言われるし、仕舞いには何故か真波が勝手に持ち出したジャージを私が返却に来ている。なによこれ、一体なんでこんな事になってるのよ!・・・だけど昨日はそれ以上に、真波の走りに感動をもらったことも事実である。
一夜明けたってあの走りがまぶたの裏に焼き付いて離れない。人をこういう気持ちにさせる人間のことを、天才っていうんだろう。
あの走りを見るまでは、”こんなヤツがレギュラーなんてありえない!”って思ってたけど、もしかしたらお兄ちゃんの言っていた事は本当だったのかもしれない。


「お、名前じゃないか。誰か探してるのか?寿一か?」

 教室には居なかったし、と廊下をキョロキョロ見渡して歩いていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと、長身の男子生徒の姿。がっしりとした体格とは対照的に、ふわふわの赤茶色のパーマヘアーがやさしそうな印象だ。

「隼人さん!こんにちは。いいえ、兄ではなくて…」

靖友さんなんですけど、と告げると隼人さんは、タレ目がちな瞳を少し大きくさせた。

「おめさんが靖友に用があるなんて、珍しいな。何かあったのか?」

聞かれて私は、昨日までの真波との出来事を掻い摘んで話した。

「靖友さん、もしかしたら今日使うかもしれないし、わたし乾燥機までかけたんですよ!ったく真波のヤツ!…それで、朝に渡そうと思ったんですけど、見つけられなくて」
「そ、そうか…大変だったんだな」

隼人さんが最後までウンウンと親身に話を聞いてくれるものだから調子に乗って話すぎてしまったかも。食うかい?と言ってパワーバーまでくれる。慰めのつもりだろうか、よく分からないけど何にせよ優しい。
 隼人さんも真波と一緒で天然の気があるけれど、彼ほど自分中心的じゃない。同じ天然系でも大きく違う。ふわっとしているように見えて、頼りになる先輩だし部員たちからの信頼も厚いと聞く。自転車が好きだからって、授業をサボったり赤点をとったりもしないだろう。真波も彼みたいだったら、私はもうすこし楽に勉強を教えられただろうか。

「しかも最終的に、真波のヤツ何て言ったと思います?私に、マネージャーになれなんて言ってきたんですよ!」
「へえ、自転車部のかい?そりゃ、オレも大賛成だ」

ヒュウ、と口笛まじりに茶化す隼人さんに、違いますっと鼻息を荒くして抗議をする。

「私も最初はそう思ったんですけど、そうじゃないみたいで。”オレのマネージャーになって”って。意味わかんないですよね!?」

うん、自分で言ってても意味不明だ。
だけど隼人さんは、へえ、とか言って何故だかニヤニヤと笑っている。

「へえ。おめさん…なんだか楽しそうじゃないか。そんなに元気な名前は、久しぶりに見たなあ」

そんなのん気な事を言って、ふわりと頭を撫でられた。元気というか、振り回されて混乱しているだけのような気もするのですが…。

「いやぁ、おめさんが真波と知り合っていたなんてビックリだ。そうか、寿一に頼まれて先生役とはな。励ましで山登りとは真波らしい。カレの走りはすごかっただろ?」
「そ、そりゃ…すごかったですよ、走りは。ちょっと…いや、結構、かなり…」

歯切れ悪くもごもごとそう言う私を、隼人さんは楽しそうに見つめた。

「校内でイチャついてんなよ、新開!」

彼の背後から聞き覚えのある声がして、見てみると靖友さんの姿があった。よかったあ、やっと会えた。

「おっ、靖友!名前がな、おめさんの事探してたんだぞ」
「オレに用事ィ?」

ぎょろりと見下ろされると、なんだか勝手にジャージをはいた自分がすごくいけない事をしたような気持ちになる。い、言いにくい。うう、なんで私がこんな目に…。

「えっと…これ、靖友さんのジャージです…きのう真波くんと自転車に乗るときに、彼が部室から持ってきて…靖友さんのだと思わなかったみたいで。私も、勝手にはいて、すみませんっ!洗濯してきましたっ!!」

深々とお辞儀をしながら、両手でジャージを手渡す。

「アァ!?なァんで名前チャンが、真波とチャリ乗ったワケェ?」
「マネージャーだそうだ。」
涼しく答える隼人さん。ちょっと、やめてください!話が尚更ややこしくなる!
「ち、ちがいますっ」
「マネージャー…名前チャンが?チャリ部の?」
「だから違いますって」
「真波の、マネージャーだそうだ」

隼人さん!という私の声と、靖友さんの「ハァ?」という声が重なる
 収拾がつかなくなって私はジャージを靖友さんの胸に押し付けて、「とにかく、すみませんでした!!」と言って走って逃げた。走る最中、筋肉痛は痛いわ面倒な事にはなったわで、泣きたい気持ちだった。


「ハァ、ワケわっかんねェ。何だァ?名前チャンが、チャリ部のマネージャーになるのォ?」
「…それより、靖友。あんなに生き生きとした名前、久しぶりに見たと思わないか?」
「あー?そういや、そうかもなァ。しかも走ってるトコなんか久しぶりに見たわ。走り方、なんか変だったけど。ハハッ」
「こりゃあ恋だな、靖友」
「ハァ!?バッ…な、ななななんでオレが名前チャンの事…!?新開テメェ適当な事言ってんじゃねェ!!」
「靖友じゃないさ」
「…あ?ンだよ。じゃあ、名前チャンか?」
「いや、どちらかというと真波かな?」
「ハァ!?なんでそこで不思議チャンが出て来ンだよ。名前チャン、何かお前ェに話してたわけェ?…っておい、スタスタ立ち去ってんじゃねーぞ!!」






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